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2006年1月

2006年1月31日 (火)

ブリッジング(ELB)コース①

私は2005年8月からカーティン大学のブリッジングコース(17週)を受けた。

ブリッジングコース、正式名はDepartment of Language and Intercultural Education  English Language Bridging CourseELB

これは大学で授業を受けるために必要なテクニックを学ぶコースでカーティン大学に進学する人は受けることを勧められる。

私の場合、このブリッジングコースをパスすると、カーティン大学のコンバージョンコース(看護学士編入コース)IELTSなしで進学ができるだけではなく、ウェスタンオーストラリア(W.A )州の看護協会に登録する際に英語の審査を免除してもらえる。

これは相当メリットが大きい!なぜかと言うと、ブリッジングコースを受けていなくてW.Aの看護協会に登録する際にはIELTSの(アカデミック)結果で7.0を取得しなければならなくなるからだ。

どれくらいの数値かと言うと英検で言うと1級↑、TOEICで言うと850点↑

それに、英語の実力もかなり上がる!(と、思う)

だが、それなりに厳しいコースである。

ELBコース後にメインに進んだ人の話を聞くと、

「大学の授業よりもELBコースのほうが大変だった・・。もう戻りたくない。」

と口をそろえて言う。

私はまだメインに行ってないから比較はできないが、ELBコースはやはり大変だった。

私の人生の中で看護学校入学の受験勉強以上にがんばったような気がする。

何が大変?って、期間が短い中でやる課題やアセスメント(テスト)がたくさんあり、常に時間と課題に追われていると言う感じ。

例えて言うなら、わんこ蕎麦状態かな?
ひとつの課題をクリアしても、「ハイ次!」「ハイ次!!」「次!!!」と言うように波のように押し寄せてくるアセスメント。

もちろん箸を持ち替える暇もない・・・。

この苦しみはいつになったら終わるのだろう?と出口の見えないトンネルをさまようように、手探りで前に進むような感じ。

あの時は本当に無事に生きてこのコースを終えられるとは本当に思えなかった。

友達Fちゃんはレクチャーの先生に

「今まで、このコース中に自殺した生徒っていないんですか?」

と聞いていたくらい。

「いないわよ~!」

と笑い飛ばした先生に対し

「私が第一号になるかもしれません。」

と宣言していたほど、精神的にも肉体的にもじわじわと追い込まれていく。

もちろん一時だって気は抜けない、一つ一つのアセスメント(テスト)の採点と最終テストの合計で何%取れているかでメインに行けるかどうかが決まってくるからだ。

ちなみに看護系は60%を各科目で収めなければ進学はできない。

なんだ~六割か~、楽勝ジャン!

と、思った人! はっきり言って甘い!!

この六割を取るのにどれほど苦労するか・・・。

血反吐を吐くような思いってこんな感じだと思った。

もちろん、自分の英語力しだいなんだけどね。

自分の文法力のなさを恨んだよ・・・。

コース中に文法の勉強をする時間すら確保できなかった。

これから、ELBコースを目指している人!

このコース中は寝れませんので!

ましてや週末に遊びに行くことは諦めてください。

ですから、今のうちに

・寝ておく

・遊んでおく

・そしてグラマーの勉強をしておくこと

をお勧めします。

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2006年1月30日 (月)

看護助手のお仕事

今朝、仕事に行ったらRNの人が申し送りの前に「これ(受信機)の扱いには気をつけてね。先週、誰かがホイスト(患者さんを移送するクレーンみたいな機械)にぶつけてモニター画面割っちゃったから。」とさらりと報告された。

『ホイストじゃなくてドアノブにぶつけたんです!!』

と、カミングアウトする度胸も無く、匿名で言ってくれてるのにわざわざ名乗る必要も無いと思いほかの同僚と同じように『誰がやったのかしら?』と言う顔で聞き流してました。

さてさて、私は今、ノースパースにある老人ホームで看護助手として働いている。

ここは土曜の新聞の求人広告で見つけて応募して、面接の結果採用となった。

面接時、レジメ(履歴書)と今までの日本での在職証明書や日本看護師免許を翻訳したもの、日本の看護学校の卒業証明書と成績証明書、カーティン大学付属の語学学校の成績兼卒業証明書、ブリッジングコース終了証明書、前に務めていたパースの看護派遣会社からの推薦状ととにかくありとあらゆる書類をクリアファイルに納め提出した。

こうなったら、質より量で勝負と言った感じである。

面接者に「必要な書類があればコピーしてくださってかまいません。」と申し出た。

面接のときに「ここは、いろんな国籍の人が働いているし、レジデントも多国籍なのよ。」と話してくれた。 

日本人を採用するのは初めてらしい。

ここでは、私が日本人の代表となる。

この先、ここのオーナーが日本人を採用するかは私の肩にかかっているかもしれない。

期待を裏切らないようにがんばろうと思った。

ぃゃ、そんなに期待されているかどうかもわからないんだけど・・。

レジデントは主にイタリア系とマケドニア系の人が多数を占めており、中には英語がまったく話せないレジデントもいる。

    「ソーリー、ミーノーイングリッシュ。」

と言うお婆ちゃんに対し

    「Me,too!!

と返す私。

文法ががちょっと変でも発音がベタベタの日本語イングリッシュでも、気にしない。

片言のほうがかえって通じたり、ほとんど英単語とジェスチャーで会話が成り立つ場合もある。 

もちろんコミュニケーションは大切で、英語はできたほうが望ましいのだけれど、所詮同じ人間で同じ外国人だ。

通じる思いもある。

そのうち慣れるし、仕事自体は日本でしていたことと変わらないので大丈夫! 

心を込めて精一杯やれば、レジデントは喜んでくれる。

看護の基本は変わらない。

スタッフの中にも日本語を勉強している人がいたり、弟が日本人の奥さんをもらったとか、娘が日本語を専攻していたとか、子供が日本で英語教師をしていたことがあるとか、結構日本にゆかりのある人がたくさんいてビックリ。

暇を見つけては「OOは日本語でなんていうの?」と聞いてくるので、地道に教えている。

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2006年1月29日 (日)

前に送ろう

ちょっと,ぃゃ、そうとう前だったかもしれないけど「ペイ・フォワード」という映画があったよね?
その映画よりも前の話。

6年前にワーホリでパースに来る直前にキヨミさんという女性と知り合った。
彼女はその当時3カ国しかなかったワーキングホリデイ協定を結んでいる、ニュージーランド、オーストラリア、カナダとすべての国でワーホリ生活を経験していた。

それは魅力にあふれた人で、出国にあたり不安になっている私にこんな話をしてくれた。

キヨミさんがニュージーランドで生活していた時のこと、日本への帰国も迫っていた。
1年間を通してすごくお世話になった、彼女の友人とその旦那さんにどうやってお礼をしてよいかすごく考えた結果、直接本人たちに何かお礼としてできる事はないか聞いた。

その旦那さんはこう言ったそうです。
「気にしなくて良いんだよ。僕はね日本に居た時に沢山の人から親切にしてもらったんだ。だから、その時受けた礼をこうやって返しているんだよ。だから、もしこれから先に君が誰か困ってる人を見たら、その人に僕へのお礼を返してほしいんだ。それで充分だよ。」

私はパースでも日本でも世界中でいろいろな人に助けてもらう度にこの話を思い出した。
私はちゃんと今まで受けた御礼を返しているだろうか?
この話を思い出すたびに、自分を振り返り反省する。

さあ、前に送ろう!

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2006年1月28日 (土)

形あるものは・・・。

私、何かと物を壊したりするのだけれども、注意力が散漫というかおっちょこちょいというか・・・。
東京都内の某総合病院で働いていた時には患者さんをMRI室に搬送したときに誤ってストレッチャーを上げ下げする取り外しのできるバルブをMRIのお釜の中に引き込まれてしまい、危うく一生その病院でただ働きするはめになりそうになった。

昨日仕事場でやってしまった・・・。
私の働いているナーシングホームは北南西の3つのウィングに分かれている。
その受け持つウィングに1個ずつ昔の携帯電話みたいな受信機を持たされる。
それはレジデントが押したナースコールの受信機でナースコールを押すと携帯電話のモニターに部屋番号が映し出される仕組み。

昨日は私がそれを持って仕事をしていました。ポケットに入れると邪魔なので受信機の裏についているクリップを後ろのズボンの腰に挿して仕事をしていました。
あるレジデントをトイレに2人で移送中、私は後ろ向きでトイレへ誘導していてトイレのドアのドアノブにぶつかった瞬間、

           パキッ

と、私の背部から音が・・・。
トイレへ移送後、そっと腰に手を当て受信機を取ると、受信機のモニターが割れていました。
音もならず、モニターも解読不能・・・。

その時、一緒にいたパートナーと無言で見つめあい。

あ~ぁ、やっちゃったね。。。

と、気まずい空気が流れました。
週末の出来事なので、上司はまだこのことを知らない。
これ弁償させられるのかな?
これっていくら位するの?
もしかして、ただ働き?
と、嫌なことが頭の中を駆け巡る。

「だ、大丈夫だよ。仕事上の出来事だから、ちゃんと保険もかけてあると思うし。」
と、私を気遣い声をかけてくれるパートナー。
「そ、そうかな?」
「それに、上司が知るのは来週のことだしね。」

あぁ、気が重い。

覆水盆に返らず・・・。
形あるものはいつか壊れる・・・よね?

けい

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2006年1月27日 (金)

オーストラリア・デイ!とことん?なうどん

昨日はAustralia Day((オーストラリアの建国記念日)でした!

ニューイヤーズ以来のイベントと言うことで、2週間ぐらい前から店にはオーストラリア国旗や国旗をあしらったグッズで埋まり、当日はみんな恒例のお祭り騒ぎ。
うちのアパートの前を昼間から浮かれた若者が国旗を振り回しながら「オジオジオジー!オイ!オイ!オ~~~イ!」と叫び練り歩いていた。

ちなみにこの掛け声は日本で言うと「ニッポン!チャチャチャっ!」って感じのやつです。

この日はパース各地でコンサートやライブ、航空・水上ショーなどのさまざまなイベントが行われ、夜にはスワンリバー沿いから打ち上げられる花火で幕を閉じる。

うちのベランダから花火が見えるので、(昨日実際に見るまでは確かではなかったんだけど。)私はこの花火に備え、天ぷらとうどんを作った。

花火は夏の風物詩、夏と言えば天ぷらとうどんでしょ?

と言うのはどうでもいいこじ付けで、ただ単に日本食が食べたかったの。
その言い訳が花火だった。
アジアンショップで野菜と材料を買い、大根おろし用の大根まで買ってしまった。
大根を買った後でおろし金がないことに気が付き近くのスーパーでパルメザンチーズ用のおろし器を買った。

私結構やる時はとことんやらないときがすまないの!

うどんは昔うどん屋さんでのバイト歴があるYちゃんに作り方を伝授してもらい小麦粉から練って作った。
やっと一まとめに練り上げたころに気が付いた。
小麦粉の袋に「Self Raising」と書いてある。
?と思い一応辞書も引いてみた。
どうやら、文字通り、ふくらまし粉か何かが入っているようだ。
どう考えても、うどん用でないことは確かだった。

上にも書いたように、やるときはとことんやらないと気がすまない私。

急いで近所のスパーに戻り、「Plain」と書かれている小麦粉を買った。

約束の6時半に友達が家に来る。
私の予定では7時からご飯を食べ、ちょっと落ち着いた8時から花火をベランダから見るはずだったが、段取りがうまくいかず、天ぷらを揚げ終わりうどんを煮ている途中から花火が始まってしまった。

こっちの花火は日本みたいに時間をかけてやるのではなく、本当に短時間であっという間に終わってしまう。
うどんは諦め、花火を先に見ることにした。

え?「とことん」はどこ行ったの?

ぃぇぃえ。「とことん花火を見る」に切り替えたのですよ!

花火はものの20分ぐらいで「こうなったらヤケクソ」とでも言いたげなクライマックスを向かえ、無事終了した。

テーブルには少し冷めた天ぷらと、不ぞろいで、戻しすぎてだらしなくなったカンピョウみたいなうどんがざるに上げられ置かれた。

うどん・・・ とことん失敗・・・

予備にレトルトでも買って置けばよかったと反省。
うどんはともかく、天ぷらは好評だった。
友達から「これ(うどん)作ったの初めてなんでしょ?仕方がないよ」と慰めの言葉をもらった。
ありがとう。今度はもっと上手に作るからね。

そんなとことんな1日でした。

これから、昨日の天ぷらの残りで天丼を作ります!

けい

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2006年1月26日 (木)

仕事の見つけ方②

看護助手の仕事をどうやって見つけるか?

方法はいろいろある。

1、新聞の求人広告で探す。

2、コミュニティー新聞の求人広告で探す。

3、飛び込みで探す。

ざっとあげてこんな所。

それぞれに特徴があるので、それぞれ説明していこう。

1、新聞の求人広告で探す。

まず、だいぶお馴染みになってきた、土曜日、水曜日の「Western Australia」と言う新聞には求人広告が載っている。そこの、「医療関係」の求人の欄の中から探す。

看護助手は「Nurse’s Assistant Assistant Nurse」「 PCA」「 Carer」と呼ばれる。気に入ったところが見つかったら、電話して面接のアポを取る。場所にもよるが、ナーシングホームによっては事前にメールでレジメ(履歴書)などを送って、それでよければ面接と言う形のところもある。

まずは電話して、どうやって申し込めばいいかを聞いてみよう!

 

2、コミュニティー新聞の求人広告で探す。

コミュニティー新聞とはその地域で無料で配達してくれる新聞のこと。

普通の新聞とどう違うの?と思うかもしれない。

まず、無料!で火曜日か水曜日にポストに入っている。

地域ごとの情報が載っているのでもちろん求人も地域限定となる。

だから、家から近いところの求人があれば交通費もかからないし便利!ってこと。近くだから、下見にだっていける!応募方法は上記と同じ。

欠点は求人が少ないってことかな。

3、飛び込みで探す。

結構老人ホームってたくさんあるもの。リタイヤメントビレッジなども数に入れると結構な数になる。 

電話帳や地図で近所の老人ホームを調べてみよう。

レジメ(履歴書)を持って、「看護助手として働きたいんですけど。」と飛び込む! これに必要なのは勇気とめげない粘り強さ。

私の友達Yちゃんはレジメを持って2~3軒飛び込みであたり、見事仕事をゲットした。

新聞広告を見てると「要サティフィケートⅢ」と条件を見かける。ここで書かれている「サティフィケートⅢ」とは、TAFEで6ヶ月間で行われている「Aged Care(老人看護)」のコースを終了すると得られる資格のこと。

日本で言うと介護福祉士とかヘルパーの資格みたいなものかしら?

これが無いと応募できないのかと言うと、そうでもないらしい。

当たって砕けろ精神でとにかく自分をアピールすることが大切!

「サティフィケートは無いんですけど、日本でX年間看護師として働いてました!これからオーストラリアの大学で看護師になるために勉強するんです!!」と押す!

もし、「ぁ~、サティフィケートが無いとちょっと・・・。」と断られても、めげないこと!

「あなた、私を採用しなかったこと、きっと後悔してよ!!」

と心の中でつぶやき、次へ!

老人ホームは1つだけではないのだから! 

くよくよしている暇があったらさっさと次のホームへ電話したほうが良い。

とにかく諦めないこと! 

それが大事。

採用されてしまえば後はどうにかなる。 

仕事内容も日本と大して変わらないので、日本での経験があれば、即戦力になるだろう。

あなたを採用した上司は自分の人事採用能力は間違ってなかったと鼻を高くし、あなたを誇りに思うだろう!!

ぇ?私の上司が私を誇りに思ってるかって?

・・・さぁ・・・? ちょっと聞くのが怖いですね。

けい

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2006年1月25日 (水)

仕事の見つけ方①

留学生活、学費や生活費が出て行く一方で収入が無いのはとても不安になるものだ。

日本で留学準備を進める際に、2年分の学費と生活費を計算し、貯金したつもりが、こっちに来て大学の編入コースの金額が倍だったことに気が付いた。

(大学からオファーがきた時の金額は1学期分で書かれていて、実際は2学期まであるので金額が倍になる。ちなみに1学期分約90万円)

         

        ガ-ン・・・。

        御金足りないじゃん・・・。

ブリッジングコースも終わり、2月の大学のメインが始まるまで時間があるのでアルバイトを探すことにした。

アルバイトを見つける前に必ず必要なものが二つある。

1、就労可能なビザ

2、タックスファイルナンバー

上記の2つがないと違法労働になるので、気をつけてね。

のビザはワーキングホリデービザは3ヶ月以内なら同じ雇用主の元で就労が可能。 

学生ビザの場合は学校が始まって一定の期間をあけないと(確か1ヶ月だったっけな?)就労許可のビザに変更ができない。

学生ビザの就労許可はイミグレのHPからオンラインで申請ができる(クレジットカードが必要)。申請の前に必ず学校側からイミグレのオフィスに「ちゃんと学校に来て、勉強してますよ。」と言う証明書?を送ってもらう。

HPの指示に従い必要事項を打ち込み、クレジットカードで申請料金を払う。

通常3~7日で就労許可が下りる。Eメールで送られてくるので、それをプリントアウトしてイミグレーションオフィスに行ってビザシールを貼ってもらう。イミグレのオフィスでの申請もできるが取得に1ヶ月かかるので、オンラインのほうが早い!

のタックスファイルナンバーは所得税やもろもろの税金を払ったり、タックスリーファウンド(払いすぎた税金が戻ってくる)のときに必要。

タックスファイルナンバーもオンラインで申請が可能。

私は6年前にワーホリで来た時に、窓口で申請した。

取得に大体1ヶ月かかるので、早めに申し込もう!

申請料は無料だったはず。

1、2、両方取得したらバイト探しの準備はOK!

→仕事の見つけ方②へ

つづく・・・。

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2006年1月24日 (火)

空手キッド

邦題は「ベストキッド」だったと思う。

母親の事情で引っ越してきた少年ダニエルさんがいじめにあい、沖縄出身のジーさんに空手を習い心身ともに成長していくダニエルさん。最後の空手大会で優勝すると言うストーリー。

ミヤギ爺さんに「ワックスオン・ワックスオフ」と言われながらトレーニングを重ねて行くダニエルさんを見て、大掃除に真似しながらガラスを磨いたのは私だけじゃないはず!!

ラストの方足を上げてジャンプキックの「鶴の舞」のキメ技はあまりにも有名!!(私の周りだけ?)

そう、その「空手キッドⅠ,Ⅱ,Ⅲ」が2枚組みのDVDに収められたDVDを買ってしまった。

なんとも懐かしく、ラストには必ず感動する!

「ダニエルさん、よくやった!!よくやったよ!」とTVに声をかけている私。

さあ!あなたも、一緒にトレーニングしませんか?

ワックス・オン、ワックス・オフ!

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2006年1月23日 (月)

不思議な出来事 “混線”

引っ越してもう10日になるが家にはまだ電話がない。
携帯電話があるので連絡には困らないが、インターネットを引くには電話が必要。

インターネットをどうやって引くかを調べた結果、はじめに電話会社から電話番号を取得しなければならないことがわかった。

今まで、シェアやホームステイなどで自分で電話を引く必要がなかった私。
初の試み。
当然だが、まずはじめに電話機を買った。
ショッピングセンターで電話機を買い、同じショッピングセンター内にある「テレストラショップ」に向かった。店頭で電話番号をもらう手続きができるというので、ショップのおにーちゃんに手続きをしてもらった。

電話番号をもらい、にーちゃんが言った「あさってから使えるようになるよ」と「もし使えなかったら?」と聞くと笑顔で「撃ち殺しに来てくれてかまわないから」と。
うきうきしながら帰った。
帰ってすぐに、試しに買ってきた電話機を繋いでみた。

「こちらはテレストラプリペイドサービスです。暗証番号を入力し最後にシャープを押してください。」とアナウンスが流れた。

ぇ?そんなサービス申し込んだっけ?
もちろん暗証番号なんて持っていない。
電話繋ぐ前ってこんなもんなの?

ちょっと繋いだまんまほっといたら、いきなり電話が鳴った。

!?!?!??????!?!?!

なんで?
「ハロー?」受話器を取ると、
「ハロー?バリーいる?」

バリー???  だ、誰??
「どの番号へおかけですか?」
「あれ?間違えちゃったかな?おかしいな~??」

ガチャ・・・「はろー?」

??????ガチャ??????

「ぉー!!バリー?元気かい?」
「オー、お前か元気だよ!!」

ぁ、ぁの・・??

どうなっているの?今、私を含めて3人が電話で話している。

これ、誰の電話? 誰とつながってるの?
私が戸惑っている間に電話は切れてしまったが、何か不思議な世界とつながってしまったらしい。(ただ単に混線と言うのかもしれないけど・・。)

怖いので、モジュラージャックを引っこ抜いた。

だって、誰にも電話番号教えてないのに。
それに、自分の携帯からゲットした電話番号にかけても家の電話は鳴らないし。

今週の金曜日にテレストラのサービスの人に来てもらえることになった。

すんなりとことが進むはずがなかった、それがオーストラリア。

さて、テレストラショップの兄ちゃんを打ちのめしに行く準備でもするかな?

けい

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2006年1月22日 (日)

失恋

同じ人間同士でも分かり合えない人がいるのは知っていたけど、

これが恋人同士なら、分かり合えないのは致命的?

分かり合えないのは文化が違うから? 

国籍が違うから? 

言葉が違うから? 

価値観が違うから? 

性格の問題? 

それとも人格の問題? 

お互いの努力が足りないから? 

愛が足りないから? 

思いやりが無いから? 

常識が違うから?

もっと努力すれば、分かり合えたのか?

愛があれば、何とかなるのか? 

何とかならなかったのは愛が無かったからなのか? 

難しいね。

好きだから、相手に好きになってほしい。

相手に嫌われたくないから、相手にあわせる努力をする。

喧嘩してもどっちかが折れなければならないとき、私が折れる。

こんなことで喧嘩するくらいなら・・・私が我慢すればいいのかな?

私が諦めればいいのかな?

こんなことで別れたくないし・・・と

相手に合わせることで、自分が少しずつ失っていく気がした。

友達も少しずつなくしていった。

私は誰? あなたの瞳に写っている私は本当の私?

あなたは私の何を見てるの?

自分の感情を殺し、もっと従順になれれば、こんな苦しみは感じなくてすんだのかもしれない。

いっその事、ペットになれればどんなに楽だったろう?

「俺もお前もインディペンデントすぎた。」

今更自分を根本から変えることなんてできなかった。

変える努力はしたんだけど、歳を取ると柔軟性がなくなるものなのか?

彼がいなくても生きていける。

彼と友達どっちが大切?なんて、決めることができない。

比べることもできない。

彼も大切だけど、自分も大切なの。

距離を置いて、自分を取り戻すために家を出た。

日々の生活でいろいろな自分を思い出す。

今までだって一人でやってきてたじゃない。

大丈夫。 きっと大丈夫。

この選択が良かったのか?なんて今はわからない。

でも、もう歩き出してしまったから。

大丈夫。

私は大丈夫。

けい

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2006年1月21日 (土)

引っ越しました

♪ね~、オリーブ私たち暮らし始めたのはいいけどその先はどうなるのかしら?

テレビも冷蔵庫も新聞も来ない代わりに門限も無い、自由ってこんなものね。

オリーブ、今は考えないでいよう、戻ることは多分できないから。

オリーブ、闇雲に生きているわけじゃないのだけど、答えが見えない♪

「オリーブ」byレベッカ

今の私の生活のテーマソングです。

引越し当時、家財がパン焼き器と炊飯器、PCとプリンター、勉強道具と衣類、食器はどんぶりと箸とマグカップ1個しかなかったのに、今は友達から譲り受けたソファーががらんとしていたリビングをリビングらしくしている。

キッチンには食器や調理器具が徐々にそろい、なかなか生活感が出てきた。

お酒とお水しか入っていなかった冷蔵庫にも、野菜や乳製品、肉類が入り、自炊準備万端である。包丁もまな板も買ったから、インスタントラーメンにキャベツを入れるのを諦めなくてもいいのだ。

ほかの部屋はほとんど方付いたのに、スペアルームの机の上は勉強道具が引っ越し当時のまま置いてある。大学が始まる前までグラマーもう一度勉強するはずじゃなかったっけ?片つけなきゃ・・・。

早くTVがほしいな~と思う今日この頃。

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2006年1月20日 (金)

アパートの探し方 (例によって長文)

実は私、ここパースで一人暮らしを始めました!

なんで? まあ、いろいろあって・・。

で、今日は家探しについてお話しようと思います。

パースにやってきて、どこに住むか?

ホームステイ、学生寮、フリアコ(フリーアコモデーションの略:バックパッカーやユースホステルで仕事をする代わりに宿泊費をただにしてもらう)、シェアアコモデーション(1件の家やアパートを何人かで借りて住む)そして、一人暮らし。住み方もいろいろ。

それぞれに長所短所があり、自分の性格やお財布と相談して決めるのがいいでしょう。

私の場合、ホームステイ→シェアともう経験済みなので、思い切って一人暮らしに踏み切ってみました!

まずは探し方。水曜日、土曜日の「Western Australia」と言う新聞に不動産の広告が載っています。「To let」と言う欄にサバーブがアルファベット順に載っているので、値段(00ドル/)、ベットルーム数、バスルーム数、家具付か、家具なしか、セキュリティー、駐車場etc. 自分の気になる項目をチェックし、気に入った物件に電話をかけます。住所を聞き、下見のアポを取り、下見に行きます。

だいたい、「下見したい」人が多いと月曜日の午後4時にOPENという様に開放時間を授けるみたい。その時に、「何か質問あれば、何でも聞いて~」と言う感じに担当者が申し込み用紙を持って物件を開放してくれます。

下見の段階で、その物件が気に入れば、申込書に必要事項を記入して提出します。その物件を仕切っている人によって違うんだけど、オーナー自身が募集をかけていれば、オーナーの独断と偏見で決まるんだと思う。

不動産屋がらみだと、不動産屋が「こいつは信用の置ける奴か?(金払えるのか?)と判断した人に決まるみたい。

私の場合、新聞で見つけた物件を5件見に行きました。

1件目は1ベットルームのアパートで日本の1Kよりは広いと思った、家具もついてたし、オーナーも話をしていい感じの人だったんだけど、ちょっとその時に住んでいたところから大学と反対方面に10分ぐらい走ったところだったので、パスした。

2件目も1ベットルームの細長いアパートでクローゼットや勉強机付きだったのだが、部屋の中間ぐらいがたんすで仕切られていて、ちょっと暗いイメージだったので、申し込み用紙だけ一応もらって退散しました。

3件目は大学から車で5分、前にシェアで住んでいた所の近所で治安も値段も良かった、申し込んだが一緒に見に行った友達が今そこに住んでいる。

4件目は行ったときは、もうすでに入居者が決まっていた。

結構、思ったより物件探しって時間もかかるし、なかなか決まらないものなのね・・・。と、ちょっとへこみ始めたとき、水曜日の新聞でここの物件を見つけた。

「2ベットルーム+1バスルーム、(フルじゃないけど)ちょっと家具付き」でそのとき住んでた所にも近く値段もお手ごろと、来たもんだ!

早速電話。

管理人「いいよ~。いつでも見に来て~。」と、快い返事。

早速その日の午後に見に行った。

大きな白い4階建てのアパートの最上階の角部屋だった。

玄関を開けると右手にすぐにキッチンがあり、そのままリビングルームとつながっている。キッチンには冷蔵庫が付いている(冷蔵庫つきは私の中では高ポイント!)。キッチンの左手にはシングルベットと埋め込み式のデスクとクローゼットのベットルーム、リビングの左手にはバスルームとダブルベットとクローゼット付きのベットルーム。ベランダもあり、そこからはユウカリの木の間からシティーの高層ビルが見えた。

部屋をぐるぐる見て周り、隅々までチェックする。

一緒に下見に付いて来てもらったYちゃんと「ど~よ~?」と話しながらダブルベットに寝転がり窓の外を眺めていたとき、何かが私の中に降りてきた。

            ここに決めた!

早速管理人さんに話すと。

「いいよ~!入居決まり!」と即決。

あまりにもあっさり決まったのでなんか拍子抜けしてしまった。

そんなわけで、引っ越してきました!

これからここで、どんな生活がけいを待っているのか?

それはまた別の話。

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2006年1月19日 (木)

この10ヶ月

オーストラリアに来て10ヶ月がたとうとしています。
この10ヶ月間、語学学校に行ったり、大学のブリッジングコースを受けたり、IELTSのテストを受けたり、車を買ったり、恋に落ちたり、仕事を見つけたり、一人暮らしを始めてみたりと、私の生活は日々進化しているわけです。

良い事ばかりじゃないけど、楽しい事ばかりじゃないけど、辛くて泣いちゃう日もあるけど、きっと私は大丈夫! 

これから色んな事を書いていきたいと思います。
これから私と同じようにオーストラリアで看護師を目指す方、少しでもこの情報がお役に立てばと思います。

Kayはここで、がんばってますよ! そんな思いがあなたに届けばいいな。

けい

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2006年1月17日 (火)

復活!

ご無沙汰しておりました! Kayです。

とうとう!ついに! このブログを復活させる事が出来ました!

あ、初めて遊びに来られた方、はじめまして。

パースで看護師を目指す、Kayです。

これから、学校生活や私の周りで起こる出来事や感じた事を書いていきたいと思います。

よろしくお願いします。

けい

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