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2006年6月

2006年6月30日 (金)

行ってきま~~す!

今日は朝6時30分から仕事をしてきました。
職場の会う人会う人に
「日本に帰るんだって?エキサイティングね!!楽しんできてね!」
と言われ、
あと何時間と指折り数え仕事を終えてきた。

お昼に私の心のオアシス・イヴちゃんに
「私日本に帰るの」と声をかけてきました。
イヴ「日本? 帰ってくるの?」
けい「3週間で帰ってくるよ。寂しい?」
イヴ「もちろんよ。楽しんできてね。」
けい「私のこと覚えていてね。」
イヴ「ええ!で、あなたの名前は?」

  ずるっっ・・・。

けい「KAYだよ。忘れないでね。」
イヴ「KAYね。忘れないわ。」

と硬く手を握り合い、別れを惜しんだ。

仕事が終わって、帰るとき、もう一度イヴちゃんにバイバイをした。
けい「イヴちゃん。私のこと忘れないでね。3週間で帰ってくるから。」
イヴ「寂しくなるけど、楽しんできてね。で、あなた名前は?」
けい「・・・・・KAY・・・ for OK。」

どうやらまだ名前を覚えてもらっていないらしい。

ま、いいや。
思いっきり楽しんできます!
日本に帰ってどのくらい自分が浦島太郎状態になっているか楽しみです。
ANNEちゃん以上にカルチャーショックを受けるかも?
行ってきま~~~~す!

けい

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エージェントのお仕事内容

これまで、エージェントの登録の仕方やシフトの事について
いろいろと書いてきましたが、
今日は仕事内容について書きたいと思います。

   エージェントの看護助手っていったい何をするの?

私の経験から言って、仕事内容は2つに分けられると思います。

1つはCARER,PCA、AINなどと呼ばれる仕事とGuardと呼ばれる仕事です。
それぞれ説明していきましょう。

まずは、PCA/CARER/AIN。
これは患者さんやレジデントの方の身の回りの世話、
移送、清潔介助、食事介助、排泄介助など全てを含みます。
まあ、言ってみれば仕事内容は日本で看護師をしていたときとなんら変わりはないでしょう。(メディケーションや点滴・注射などはもちろん除きますが)

午前のシフトはどこもそうですが、シャワー介助中心の清潔介助に明け暮れます。
ナーシングホームでは特別問題がない限りはシャワーを浴び、着替えをして一日が始まります。
反対に午後のシフトは体力的には朝に比べてずっと楽なものになるでしょう。
食事介助や排泄介助、寝巻きに着替え→ベットに入れる事が中心になるからです。

この仕事は日本で看護師としての経験があるのなら、比較的すぐに慣れるし、
体も動くので、仕事も覚えるのが早いと思います。

もう一つはGUARDと呼ばれる仕事。
以前に「昔話・リタ婆ちゃん」の記事にも書きましたが、
病院などに入院している患者さんで認知症による徘徊や自殺企図のある患者さんの危険やエスケープ防止のために監視をするのが主な仕事です。
患者さんに問題がなければ、特にすることもなく、患者さんの部屋の片隅や部屋の外で時々患者さんの様子を観察しながら雑誌や本を見ながら時間をつぶします。

お茶の時間になると、キッチンスッタフの人が私にもお茶をくれるので、
すごく待遇がいいのだな~と感心してしまいました。
体力的にはPCAなどの仕事に比べてすっっごく楽です。

仕事の入る確立としては9:1の割合でPCAの方が多いような気がします。
もちろん、GUARDのみの仕事としてもエージェントに頼む事もできると思いますけどね。

私にとってはPCAのように常に体を動かしている方が気が楽でした。

けい

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2006年6月29日 (木)

きむ

嬉しいとき
悲しいとき
悔しいとき
涙があふれるのは
心が綺麗なあかし
心が素直なあかし
あなたが一生懸命に
生きているあかし
泥にまみれ
汚れるときもあるけれど
一生懸命生きる
あなたの涙が
なんどでも
綺麗にしてくれる

きむ

~~~~~~~~~~
これは私が今年に入って一人暮らしを始めた時に
日本の友人から届いたはがきに書かれていました。

それまで、何度も元彼と喧嘩しては泣いてたので、
このことばですごく救われた気がしました。

けい

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2006年6月28日 (水)

管理人トレバー

今月に入って、アサイメントの提出や、ファイナルエクザムに追われているうちに私の周りで変わったことがある。

1つは、天井裏の住人、ポッサム君が舞い戻って元気に天井裏を駆け回っていると言う事。

そしてもう一つは、私の愛すべきキャラクターを持つ管理人さん、トレバーが管理人をやめて引っ越してしまった事だ。

最近なんか見かけないな~と思っていたら、
いつのまにか、ポストに通知が来ていた。
「次回からは下の住所のオフィスで家賃を払ってください。 なお、部屋のカギを中に入れたままロックドOUTされた場合、カギのスペアを貸す際に5ドルいただきます。」
と書かれていた。

   ぎく・・・・。

車だけでなく、部屋もロックドOUTされたことのある私、
この5ドルは厄介です。
気をつけなければ。

前管理人、トレバーにはすごくお世話になったし、私のくだらない話もニコニコして聞いてくれたのに。
一言お礼が言いたかったな。
ちょっと残念で寂しい。

管理人が変わってから、家賃の取立てが厳しくなったと1階に住むバートがこぼしていた。
私はいつもオフィスの開き時間の関係で、
3日遅れで家賃を払っていたので、これからは気をつけなきゃ。

前管理人、トレバーも今頃新転地でしわしわになった皮膚の上に刻み込まれた刺青を風にたなびかせハーレーに乗っているのだろうか?

いつまでも元気でいてほしい。

けい

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2006年6月27日 (火)

シフトの話

今日はエージェントでのお仕事について書きたいと思います。
私の登録していたAAAエージェントなの例なので、他の所はわかりませんが、大体似たようなものだと思います。

仕事ができるめどが立ったら、エージェントに電話します。
私は毎週日曜日に次の週の1週間仕事ができる日の予定をエージェントに電話して言っていました。
例えば、「月曜日の午後、火曜日の午前と午後、木曜日の午前仕事ができます」と言った具合です。

仕事は1日のうち大体午前と午後のシフトに分かれていて、(シフトの時間は仕事の行き先によって違いますが)午前はだいたい7時から(たまに6時からと言う所もあります)11~12時間での4~5時間、
7時から2~3時までの7~8時間と言った感じでした。
エージェントの規定で、最低就労時間は4時間と決められていて、たとえ勤め先の間違いで3時間しか働かなくても良いとしても、4時間分の給料が支払われます。
午前のシフトの場合、だいたい朝の5~6時30分の間に仕事の電話がかかってきます。
たまに前に日の夜にかかってきますが、めったになかったです。
これも、エージェントによって違うみたいです。

午後の仕事はだいたい2~3時から9~11時までで、この場合エージェントからの仕事の電話はその日の午前中にかかってきました。

エージェントに病院やナーシングホームから仕事が入り次第電話がかかってくるので、前もって1週間分のシフトを知る事はできませんでした。


が、今私の所に来ているエージェントの方々は「今週は明日とあさってもここで仕事もらっている」と言っているので、たぶんエージェントしだいなのでしょうね。

自分で「この日に仕事ができます」と言った日は待機という形になりますが、
仕事が入らなければ、お金は一切入ってきません。
仕事をできる日をエージェントに伝えた後、予定が入ってしまったら、また電話してキャンセルする事ができます。

私の時はエージェントに登録したからと言って、次の日からすぐに仕事が入ってくると言うわけではありませんでした。
特に、私の場合、最初は車やバイク等の足がなかったので、午前の仕事はめったに入りませんでした。
その時はバスか電車、タクシーで仕事に行っていました。
エージェントは仕事先の住所と電話番号は教えてくれますが、
行き方までは教えてくれません。
住所から場所がどこにあるのかを地図で調べて、トランスパース(パースの交通公共機関の会社名)に電話したり、インターネットで時刻表などを調べていかなければなりませんでした。
結構面倒くさいし、夜遅くに知らない土地は危ない。
場所によっては帰りのバスがなかったりする所があり、
土日はもう最悪・・・。
なので、エージェントで仕事するには車またはバイク等の足は必要です。

登録したての時(6年前)は仕事も入らず、ひたすら電話を待つ毎日。
その時のオージーの友人に言われたことがあります。
「エージェントに登録したからと言って、すぐに仕事がもらえるわけでない。登録なんて誰にでもできるのだ。だから自分がいかに仕事を待っているか、常にスタンバイOKということをどうしてもっとアピールしないのだ? そんなんで仕事が入るわけないだろ。」と。

すごく納得してしまった。
その日から、仕事の電話がかかってくるまで、朝、夕とエージェントに電話し、
「仕事ありませんか?」と
「またあなた?」と思われるぐらい電話した。
このことで、ここでは(AUSでは)決して受身になってはいけないことを学んだ。

足ができてからは、それまでの事が嘘のように、
自分の働けると言った日は、常に仕事が入るようになった。

エージェントでは地域の指定、時間の指定もできます。
後は場所の指定もできます。(ナーシングホームのみ、病院のみなど。)
それに付け加え、行った仕事先が気に入った場合、それをエージェントに伝え
今度そこから仕事が入った時は優先的にまわしてくださいと頼んだり、
自分の行きたくない仕事は断る事もできます。

感じはつかめましたかね?

けい

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2006年6月26日 (月)

エージェントの時給の話

今日、たまたま私の働くナーシングホームに来ていたエージェントの方と話す機会があったので、時給の事をさら~っと聞いて見ました。

彼女はFlexナーシングエージェンシーの方で、
彼女によるとおおよそ、時給は
午前シフト17~18ドル
午後シフト19ドル
ナイトシフト23ドル
土曜日シフト25ドル
日・祝日シフト30ドル

との事でした。

やっぱり、エージェントの人のほうがもらっているんですね。。。

けい

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看護エージェントの登録の仕方

最近、看護エージェントに関する質問も多くなってきているので、
ここで少し、何回かに分けてエージェントのお仕事について書きたいと思います。

私が看護エージェントを通して仕事をしていたのは6年も前のことなので、
情報が古いかもしれませんが、なんとな~~くと言う感じや流れをつかんでいただければと思います。

<エイジェントの登録の仕方>

それではエイジェントの登録の仕方を書きます。
注意:ここからの情報はパースでの話しなので、他の州とは異なる場合があります。

エージェントの探し方は看護助手のお仕事探しの仕方と基本的に一緒です。

1)新聞を買おう!!

まず、「仕事の探し方」でもお話しましたが、
土曜日発行のTHE WESTAN AUSTRALIAと言う新聞を買いましょ
う。
金曜日の夜に町角で売ってます。モチロン土曜日でも買えます。

その新聞に求人広告が載ってます。その中に病院関係の欄が載ってます。

そこにいくつかエイジェントの広告が載ってますので、自分の好きなものを選んで電話

しましょう。

2)電話をしてアポイントを取ろう!!

どこのエイジェントにするか決まったら、電話をしてアポイントを取ろう!!

「看護助手として登録したいんです」と告げると、「経験は?」と聞かれるので

「日本で看護婦として働いてました。」といえばOK!!
でも、これは6年前の話で、今はエージェントによってはサティフィケートⅢを持っているかをきかれる場合があり、それがないと登録できないエージェントもある。
日本での看護の経験があることや、これからRNになる勉強をするなど、アピールすると通る場合もあるらしい。
もし、駄目でもエージェントは一つではないので、他のエージェントに電話しよう!

うまくいけば、電話口で面接の日を決めてくれるから、
その日までに何を用意すればいいか、
何か提出するものはないか聞こう!!

私は一応、看護学校の卒業証明書や成績証明書の英訳、日本正看護師の免状の英訳、履歴書などを持参しましたが、目を通してくれませんでした。
就労可能のビザを張ったパスポートはしっかりコピーされましたけど。

3)面接に行こう

必要物品を持って面接に行こう。

日本とは違いリクルートスーツなんて着なくてもOK!!

私はGパントTシャツで行った。他に面接に来てた人もそんな感じだった。

 
  時間厳守!!

面接中分からない事があったら徹底的に聞こう!!
(でも、時給の話などは基本的に避けたほうが無難とされている。)
エージェントから渡される用紙(履歴書みたいな物と「OO介助ができる。」と言うような仕事の経験のチェック項目が合わさった物)を記入して終了。

エージェントでは、自分の希望とかをいう事ができます。

例えば、「老人ホームだけ!!」とか、「シティー中心だけ!!」「OO地域のみ」とか・・・。

ただし、希望を告げればその分入ってくる仕事の量も減る事を覚えておこう。

私はその時、フルで仕事がしたかったので何も希望は言わなかった。

これで登録完了!!
あとエイジェントによっては、MRSAや感染症の検査をしたり、クリミナルスクリーニングカード(犯罪暦がないことを証明する用紙)を
取得しなければならないとかがあるのでエージェントの人に聞いてね。

<時給の話>

ここで気になるお金の話。

私の登録していたAAAナースエージェンシーでは、
時給:平日午前中はA$14.50

平日午後はA$17.00
土曜日はだいたいA$20.00ぐらい、
日曜祝日は
A$29.00ぐらいだったかな。
もちろんタックス込み。

注意:6年前のレートです!!今はもっと上がっていると思う。

2週間に1度お給料がもらえます。
だいたい週2回(1日5時間として)働いて、
2週間
で200ちょっとはもらえる。

私は週4日入って、2週間で400ちょいってとこだったかな
いつも仕事が入るかどうか分からないから不安だったのを覚えています。

でもジャパレスで働くよりかは全然時給はいいけど、仕事は慣れないときついかも。

今日はこんなところで。
けい

 

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2006年6月25日 (日)

女の賞味期限

この間、UNIの日本人の友達と集まって前セメ終了の打ち上げをしていた時のこと。
関西出身のSやがこんな事を言った。

   「女は30才までだよ。」

彼に言わせると、30過ぎて独身の女性は男として
「その歳で彼氏も結婚もしてないなんて、どこか問題があるんじゃないか?」
と思うらしい。

女性差別な発言だとお怒りのコメントが来そうだが、
私は別に彼と付き合おうとも思ってないし、彼がなんと言おうと、
それは彼の個人的な意見だ。

私が「AUSではそんな事ないよ、まだまだいけるよ。」
「別に日本で結婚して、ずっと住もうと思ってないし。」
と反論すると、

Sや「それ逃げちゃうか?」と、

逃げなのだろうか?
AUSでは50,60歳になっても恋愛している人が沢山いるし、
比較的自由だ。
それに、私は本当の歳より4~5歳は若く見られるので、
まだまだいけると正直思っている。(自分だけ?)

将来子供がほしいので、出産を考えると40までには家庭を持ちたいと思っている。

最近、まだまだ、遊んでいたいと思う反面、そろそろシリアスに付き合える人がほしいなと思うようになってきた。
でも、今すぐに結婚したいわけではない。
日本にいる時より、女の賞味期限に対する不安は少なくなっているのは確かだ。
それに、女の賞味期限って本当にあるの?
とも、思ってきたのに、Sやの一言ですごく不安になってきてしまった。

そんな時、1階に住んでいるOZおじさんと一緒に食事に行ったり、ゴルフに行くようになった。
それ以上の関係はないし、私はそれ以上進むつもりもさらさらない。
彼は54歳。(一応私の父上よりも年下だが、気分は父親みたいだ。)
すごく気のいいおっさんだ。

Fちゃんにこの事を話したら、
「いいじゃん、結婚しちゃえば?」と
すごく強く勧められた。
もちろん冗談だけど。

いくら30過ぎたとはいえ、私にもまだ選ぶ権利があるよね?

年齢が問題とは思わない、きっと54歳だって素敵な人だって沢山いるし、
好きになってしまえば、歳なんて関係なくなるのかも。
でも、彼のことはそんなふうに好きじゃないし。
ありえないよ。

機械の配線よりも複雑で繊細な30代の女心。
「私は大丈夫、私はいける!、私は魅力的!!」と自分に暗示をかけ
こんな思いにゆれる今日この頃。

けい

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2006年6月24日 (土)

夢があるなら

If you have a dream

「いつか来る日」なんか待ってはならない。
それからでは、はじめるのすら遅すぎる。
あなたが決めることはあなたの自由だが、
それに誰もが同意してくれるとは限らない。
それでも何よりもまず自分に忠実でいよう。

人生で大切なことはこの世で何かをするかということ。
あなたが欲することに従うことを恐れてはならない。
そうすることは決して愚かでも身勝手でもない。
あなたが生き生きできることに時間を生かそう。

過去の悩みや後悔は捨て去りなさい。
過去こそ、それらがあるべきところ。
やりそこなったことで今日を曇らせてはならない。
荒れくるう激情を抑えられないように、
昨日や明日を制御する事はできないから。

熱い夢を冷ましたり、望みを消し去ってはならない。
もしそうなれば、あなたの旅は終わってしまう。
夢を追い、何かをはじめるには今日という日しかない。
死に際に残っているのは思い出にしかすぎないから・・・。

人生のたそがれが訪れるとき、
言い訳も、弁明も、後悔もないように!

作者不明

「Yes,I can.」 発行:すばる舎
マリア・マコーミック
久保博正(翻訳)

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2006年6月23日 (金)

昔話・緊急ボタン編

6年前のワーホリ時代、エージェンシーで仕事をもらっていたときの話です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

この日はフリーマントルホスピタルに仕事に行きました。

仕事の内容は、個室のおばーちゃんがベットから落ちないように見張っていると言う事。
そのおばーちゃんは左足の大腿骨頚部骨折(脚の付け根の骨折)で
オペ後らしかった。
時々ベットから降りようとする事があるのでそれを防止す
る事が私の仕事。
でも今日はおとなしかった。おばーちゃんはベットでほ
とんど寝て過ごした。
部屋で座っていると、看護婦さんがやってきて
「隣のお
じーちゃんも一緒に見ててちょうだい。」
と言われて、私は2人のお年寄
りを見張る事になった。

朝食が終わって、おじーちゃんをシャワーに入れるように言われたので、
個室
に付いているシャワーで介助した。
看護婦さんは「シャワーが終わったら、コールしてちょうだい、ベットに移るのを手伝うから。」
と言い残して出ていった。

無事シャワー介助を済ませ、着替えして後はベットに戻るだけ。
私は言われた通りナースコールを押した。

   看護婦さんどころか誰も来ない・・・。

 

個室のバスルームの中にあるナースコール、ベットサイドにあるナースコールをかわるがわる何度も押した。5分ぐらい待っても誰も来ない。

おじーちゃんは痺れを切らし立ち上がろうとする。
側を離れて呼びに行く事なんて出来ない。

       どうしよう?

ふとドアに目をやると、ドアの横の壁にナースコールと同じ形のボタンがある。

   
  あのボタンはまだ押していない。

ボタンの上に「EMERGENCY(緊急)」と書いてある。

???と思いつつも、日本で働いていた病院の事を思い出した。

外来のトイレにボタン(ナースコール)があり、
「緊急、具合が悪い時に押し
てください」
と書いてあったような、なかったような・・・。

とりあえず押してみよう!!おじーちゃんはもうこれ以上待てない様子だ。

!!!!!!じりりりりりりりりりり!!!!!!

明らかに今まで鳴っていたナースコールとは違う音が病棟中に鳴り響いた。
それと同時に5,6人の看護婦さんがばたばたと走って来た。
「どうしたの???なにがあったの?!!」
「あの・・・。おじーちゃんをベットに移したいので手を貸してほしいんですけど。」と私。
「・・・・。」なんだ、そんな事?と言うような表情を浮かべて看護婦さんは

「後3分待ってて」と言い残しわらわらと散っていった。


どうやら私は急変時か何かの時に押すボタンを押してしまったらしい。
なんだ、ナースコールじゃなかったのか。これは緊急時よ!!
って誰も教えて
くれなかったじゃないか!!(緊急って書いてあったけど)
私とおじーちゃんはその後5分以上も待たされるはめとなった。

~今日の教訓~

「EMERGENCY(緊急)」と書いてあるボタンは緊急時以外押さない事!

けい

   

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2006年6月22日 (木)

ゴルフデビュー

私、本日、ここオーストラリアでゴルフコースデビューを果たしました!

ゴルフと言うと、なんか、リッチなおじ様やセレブなかたがたなスポーツというイメージがあり、私にはとてもとても・・・打ちっぱなしゴルフで十分ですよ~と
思っていたが、ここパースは世界一?安くゴルフができることで知られている。

でも、そんな手軽にできるって~言ったって、道具もないし借りたり、カートを借りたり、コース代のほかにもいろいろかかるでしょ?
と周りにゴルフもする人なんていなかったので、ちょっと私にはまったく関係ない世界だと思ってました。

同じアパートの1階に住むOZおじちゃんとひょんなことから仲良くなり、
ゴルフに一緒に誘われ、行く事になった。

「プロゴルファーレイ子」ばりのポニーテールで、(こういうのは形から入らないとね)
おじさんの車で私の住んでいるアパートの数百メートルいったところにある、
公共のゴルフ場へ行った。

料金表を見てびっくり!!

平日料金:18ホール 19ドル/一人
休日料金:18ホール 21ドル/一人
学生・シニア料金:18ホール 18ドル/一人
ゴルフクラブ貸出料:10ドル
カート貸出料:22ドル

今日は私が初心者と言うこともあって、9ホールしかまわらなかったが、
それでも、バートと私のコース料金、カート、私の貸しゴルフクラブその他もろもろ含めても
70ドルもしなかった。

これなら、下手にお酒のみにクラブやパブに行くより健康的だし、
すごく安く気軽に楽しめるのも納得!!

打ちっぱなしゴルフを10年ぐらい前に1回やったきりのこてこての初心者の私をバーとは丁寧に指導してくれた。
ちょっとボールがまともに当たって飛ぶと、
私、ひょっとしてプロ向きかも!!
岡本綾子も元ソフトボール部だったし!!
(私も元ソフトボール部)
と、うはうは喜んでいたが、そんなにゴルフは甘くなかった・・・。
私の打った後は芝生が掘り返され無残な穴だらけ・・・。

    ゴルフの奥は深いね。

かなりハンデもくれて、9ホールまわった時には手に豆ができそうになったけど、
67でまわれました。
今度はちゃんと18ホールまわりたいな~。

明日はきっと筋肉痛だ。

けい

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2006年6月21日 (水)

ノロウィルスに気をつけて!

最近になって、私の働いている老人ホームで猛威を振るっている物。

  それは、ノロウィルス(Norovirus)

冬場になると、流行るウィルスの一種で、
主に経口感染で人から人へ感染する。
これにかかると、嘔吐と下痢を繰り返し、
下手すると脱水症状を引き起こす、
老人にとっての脱水は命取りでもある。

日本でも働いていた頃に、冬場に嘔吐下痢症で入院してきたお年寄りの方は多分これに感染していたような気がする。

私のホームでも2~3人のレジデントの方がこれにかかり、同じような症状が出て大変苦しそう。

経口感染であるため、私たち、看護助手が感染するリスクもあるし、
私たちの手によって介護されている方への媒介になることも考えられる。

    予防策はただひたすら手洗い!!

一人一人、ケアを行うごとに、毎回手洗い。
当然の事だが、結構大変。
手がすごく荒れる。
もうずっと5~6日連日で働くと手ががさがさであかぎれだらけになってくる。
ハンドクリームじゃまにあいませんよ。

スタッフの中にも具合の悪い人が出始め、
その穴埋めのシフトが私に回ってくる。
仕事以外することないからいいのだけど・・・。
1つのウィング(レジデントが16~18人)に普通はケアラーが2人でケアを行うんだけど、
この2人のうち私より経験のあるおばちゃんと組むならいいが、
エージェントしかも「今日ここに始めてきました」と言う人と組まされるともう大変!

私どうオーガナイズしていいのやら・・・。
いままで、パートナーの言うままにやってたし、
その方が楽だったからね。
しかも、レジデントの説明やケアの説明もしなくちゃならないし、
仕事が思うようにはかどらない。

肉体的な労力とともに精神的な労力も・・・かなりかかる。
私のほうが病気になってしまいそう。
朝に起きて、気持ちが悪かったり、下痢をしたりすると
あ、とうとう私にも来たか?
と思いますが、単なる二日酔いだったりして・・・。
こんなウィルスにやられちゃうほど私の体はやわにはできてないみたい。
母親に感謝です。

手洗いうがいはきちんとしましょうね!!

けい

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2006年6月20日 (火)

PPIゲット!

今日、PPIのケーススタディーのアサイメントの結果が返ってきました。

見事パス!!してました。

これで、PPIの科目も単位取得!!と言う事になります。

後は、先週やったファイナルエクザムの結果でSCPHがパスかどうかが決まります。
まだ結果は先ですが、心配してももうしかたがないので、のんびり待つことにします。

  けい

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2006年6月19日 (月)

酒とヒールと応援

昨日の夜は日本VSクロアチア戦でした。
見ました??
私は友達とパブで一緒に観戦しました!!
もちろん、お酒を片手に大声(日本語)はりあげてましたよ。

今回の日本チームの動き、良かったですね~~!!
もしかしていけるかも? 
と思わせるような勢いがあったと思います。
点は入らなかったけれども、よくがんばった!!
見ててすごく面白かった。

私も応援して、今日は喉がガラガラで痛いです。。。。
(痛いのは喉だけじゃないのですが・・・)

日本とクロアチアの試合の後はオーストラリアVSブラジル戦と言う事もあって、日曜日なのにパブは沢山の人でごった返してました。

日本戦が終わっておとなしく家に帰るわけもなく、
周りのオージーと一緒に張り切って応援してきました。
(こちらもお酒片手に!)
結果はAUSは負けちゃったけど、オージーながらによくがんばったとこちらも拍手!
さすがに5時間もぶっ続けで立ち飲み+応援は疲れる。
足は浮腫むし、ヒールは痛いし・・・。
もう20歳じゃないのだと思い知らされた。

家に帰ったのは夜中の3時近くでした。
それでも、がんばって朝の7時から仕事に行ってきましたよ。
でも、こんな生活を送っている私ってあんがい若いのかも。

けい

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2006年6月18日 (日)

昔話・リタ婆ちゃん編

これは、6年前にワーキングホリデーでパースにいた時、
看護エージェントから看護助手の仕事をもらって働いていた時の話です。 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

むか~~し、昔、ある日の朝、エージェントから仕事の電話が来た。
場所はフリーマントル。電車で一本だから行きやすい。

「2時から9時までで、1対1のお世話なんだけど」と言われて即行OKした。

時間どうりに病院に着き、病棟に行くと、看護婦さんが1人のリタと言うおばあちゃんを紹介してくれた。
おばあちゃんに自己紹介すると、看護婦さんは「じゃあ!!」と

どっかへ行ってしまった。

「・・・・・。」

しばし呆然とする私。

私は何をすればいいんですか?看護婦さんはそのことについて一言も触れなかった。

リタは私に病院中をまわって案内してくれた。
ここの病院はとても大きくて9階建
てだった。
5階にはテラスと売店があり、そのテラスからは海が見えて、とても奇麗
だった。
リタは左手を骨折したらしくギプスを巻いていた。
でもしっかり歩けるし、見た目何も
介助する必要性はないと思えた。

ぐるぐると病院を歩いて回るうちに、だんだんとわかって来た。

      リタは老人性痴呆なのだ。

歩いていても、自分がどこから来たのかすぐに忘れてしま
う。
今来て帰った道をこっちかな?といってとことこと歩いていく。
「私たち道に迷ったみたい。」と、うろうろしているリタと私。

病院はリタの為に私を雇ったのだ。
そーだよな~、リタはどこに行った?といちい
ちみんなで探してたら仕事にならないもの。
でも、日本じゃ考えられないと思った。

私の働いていた病院では、家族に付き添ってもらっていた。

リタはとっても話好きで色んな事を話した。
でも話しの半分は同じ事の繰り返しだっ
た。
私にはそれが反って良かった、だって1回じゃ話の内容がつかめないもの、
時々何言っているか分からなかったけど、私はただウンウンとうなずいていた。
リタにとって私が話を理解しているかどうかはどうでもいい事で、
ただ聞いてくれ
てればいいように思えた。
私は2時から9時の7時間のあいだに名前と国籍を4~5回は聞かれた。
私が日本から来た事、日本で看護婦をしていた事、オーストラリアの医療に興味がある事などを話すと、リタは熱心に聞いてくれた。
「そう、あなたオーストラリアで看
護婦になりたいの・・・。何とかしてあげたいけど私には助けてあげられる事は、何もないみたい。ごめんなさいね。」
と真剣な顔で話すリタはとてもキュートだった。

でも3時間もすると「あなた、もう帰っていいわよ。また明日来てちょうだい。」
と、
部屋から追い出されてしまった。
でも私は、9時までここに居なくてはならない。
どうしたものかと、ナースステーションに行って看護婦さんに聞いた。
「あの・・部屋追い出されちゃったんですけど、私どうすればいいですか?」と。
「あら、そう。」と看護婦さんはリタの部屋まで一緒に付いていってくれて、何とか取り繕ってくれた。
私は何度か部屋を追い出され、この繰り返しだった。

でもちょっとたつと、リタはその事も忘れてしまっていた。

8時近くになると、もう限界と言った感じで、
リタは「もう帰ってちょうだい、また明
日ね。」とベットに入ってしまった。
それからの1時間、私は廊下に椅子を置き雑誌を見ながらリタが部屋から出てこないか目を配るように看護婦さんにいわれて、ずっと廊下で過ごした。
看護助手って、お下の世話とか、食事介助や、入浴介助をメインにするのだと思っていた私にとって、この仕事は意外だった。

でも、とてもいい経験になったと思う。

きっと、リタは私が来た事なんてすっかり忘れているのかな。

でも私は覚えているから、いいか。


けい

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2006年6月17日 (土)

ジョージ・バーナード・ショウ

自分がどれほど恵まれてないか
嘆く人がいるが、それは間違っている。
人はなにかを求めて
世界をさまよいつづけるが、
見つからないものは
自分で作るしかないのだ。

ジョージ・バーナード・ショウ

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2006年6月16日 (金)

昔話・はじめての仕事編

今日は6年前にワーホリでパースにいた時、
初めてエージェンシーから仕事をもらった時の話。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

ある日の午前中にエイジェンシーから「仕事が入りました。」と電話が来た。

金曜日の午後230分~11時まで、ナーシングホームで働きました。
初めての仕事で胸はドキドキ!!
どんな所なんだろう?ちゃんと働けるのかな?
と不安に思
いながらナーシングホームへ向かいました。
バスを乗り過ごしタクシーでぎりぎりついた。
ナーシングホームとしか聞いていなかったので、入ってみてビックリ。

重症心身障害児の施設だった。

ほとんどの患者さんは四肢麻痺で車椅子に乗って過ごしていた、
その上知能に障害がありコミュニケーションが難しい。
オリエンテーションを済ませ、さっそく仕事。
ただ、ただパートナーの後にくっついて何をするか聞きつつ、
食事介助やおむつ交換、
入浴介助をした。
患者数は18人、ナース1人と看護助手4~5人でお世話をする。
仕事が終わった11時にはもうヘトヘトだった。
でも無事仕事が終わってよかった。
重症心身障害児の施設だけあって設備は充実していた。
ほとんどが2人部屋か1人部屋で病室?とは思えないほど家庭的な雰囲気だった。
日本でも同じような施設に行った事があるが、日本とはかなり違っていた。
消灯時間は決まっていないようで、一人一人にあったケアプランが立てられていた。
パートナーに何かする事ありますか?と聞くと、
「じゃあ、レベッカにマイロを飲ませ
てちょうだい。」といわれた。

   マイロ? なんじゃそりゃ? 薬かな?

でも私は看護助手だから薬を飲ませる事でき
ないしな。
胃薬かな?
と思っていると、
「キッチンにあるから、マイロ、ティースプーン一杯をスキムミルク
で溶いて、ちょっとお湯入れて暖かくしてあげてね。」
と言われて、キッチンに行って
みた。
でもどこにもマイロは見当たらない。

「マイロって何所にあるんですか?」
と聞きに戻ると、
「グリーンの缶に入っているや
つよ!!チョコレート味の!!」

      あったっけ? そんなの?

「缶にM・I・L・Oって書いてあるでしょ!!」と言われてやっとわかった。
「M・I・L・O」!!ミロの事だった。
あのチョコレート味の飲み物!!
キッチンに行くとちゃんとミロが置いてあった。
発音の違いでこんなにもわからないものなのだと改めて実感した。
何はともあれ無事ミロを飲ませる事ができてよかった。

  ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そう、あの頃はミロの発音すら知らなかったの・・・。
6年経つと、人も成長する物ですね。

けい

 

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2006年6月15日 (木)

フレデリック・フォン・シラー

幸運の実は、
熟さない限り
落ちてくることはない。

フレデリック・フォン・シラー

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2006年6月14日 (水)

気になるお給料は?

今日はちょっとパースでバイトをしようと考えている人にも、そうでない人にもちょっと興味のある話かも。

『看護助手って実のところ、時給どんぐらいなの?』

      ね? 興味あるでしょ?

その質問に今日はお答えしようかと思います。

私はAUSのジャパレスで働いた事がないのでそっちの値段との比較はできませんが、今のナーシングホームはカジュアルで働いていて、時給18.33AUSドルです。
午後勤務だと、2ドル増し。
土曜日は50%増し、日曜・祝日は75%増しになります。

  え? 案外良くない!!?

と、思ったあなた。
確かに、いいかもしれません。
でも、TAXというのを忘れてはいけません。
私の場合30%はTAXで持ってかれます。

だから、例え1000ドル稼いでも、手元には700ドルしか残りません。
そう考えると、18ドルの時給も12ドルぐらいに下がっていまうのです。

お給料は2週間ごとに支払われます。
私は学生ビザなのでUNIのある学期中は20時間/週しか働けません。
大体、普通に週3~4日、働いて500~650(手取り)どるぐらいでしょうかね?
でも、夏・冬などの長期休みは学生ビザでもフルに働けるので、特にクリスマスシーズンは2週間で1100(手取り)ドルぐらい稼げたときもありました。

エージェントだともっと割がよく、日曜祝日は時給が2倍になるそうです。
だから、土日だけエージェントで仕事を入れている学生も少なくはありません。

同じAUSでも州によって物価も違うので、それによって、自給もちがくなる可能性もあります。
ま、ご参考までに!!

けい

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2006年6月13日 (火)

期末テスト終了

本日、無事ファイナルエクザム(期末テスト)が終了しました!!
これで、今セメは全て終了!!
明日からはバイト尽くしの毎日です。

さてさて、テスト?何とかなるんじゃ~~ん!と
半ばあきらめ状態で友達とスポーツパブに出かけた昨夜。

対戦の結果は皆さんご存知の通り、終了前の8分間の間にAUSに3点を入れられ、
パブにいたオージーも最高に盛り上がり幕を閉じた。
大声をはりあげ応援(ヤジった?)したせいか、声も枯れ、喉も痛い。
不完全燃焼の試合終了後、このままでは帰れないと思い、
2杯追加で飲み、タクシーに乗って帰った。
酔っ払ってそのまま勉強もできるわけもなく、1時過ぎに就寝。

テストは昼の12時からでまだまだ時間はある。
今朝は気持ちを切り替えて(おそくない?)勉強しようと朝8時に起きてみたが、
二日酔いで、集中できず、眠くてもう一度寝てしまった・・・・。
30分後には起きたが、このまま家にいても勉強できないと思い、少し早めに家を出て大学でご飯を食べながら勉強しようと家を出た。

大学の駐車場に車を止めて、外に出た時に肝心な事に気がついた。

  昨日までにまとめたテストのノートを家に置いてきてしまった。

      何しに来たの私?

車で家に取りに帰るにしても、行って帰ってくるだけで試験開始時間になってしまう。

     これは神様が諦めろと言っているのかしら?

大学の図書館にあるカフェテリアでご飯を買っていたら、レジに並んだ前の学生が(たぶん看護科のオージー)「Social justiceとは?」と問題を出し合っていて、

  えっと・・・。 なんだっけ?

と一緒に考えてしまった。
私にその脳みそと英語力を分けてください。

そんなこんなで、ろくな勉強もできないまま試験開始時間が迫る。
開始直前にトイレをすませ席に着き、問題用紙の表紙に必要事項(名前や教科、学生番号、日付けなど)を記入していると、試験監督員の「はじめ!」という声が!!

     え? もう?!!

いっせいにみんなが問題を読み始める。
出遅れてすごく焦ってしまい、頭の中は真っ白!!
思いつくままに書き始めると、試験監督員が来て
「あなた、今は問題を読む時間で、問題用紙にメモをしてもいいけど、答案用紙にはまだ書かないでちょうだい。」と注意された。

そう、必要事項を埋めるのに必死で監督員が言う注意事項をちゃんと聞いていなかったのだ。

急いで、問題用紙にメモし始める。
頭は真っ白・・・パニック状態・・。

やばいよ・・。
やっぱり、ちゃんとやっておくんだった・・・。
なんで、昨日の夜出かけちゃったんだろう?
メモも忘れるし・・・。
書けないよ・・・。
やばい・・・。

ネガティブな思想がぐるぐると頭の中を駆け巡り、心拍数も急上昇!

かなりピンチ!!

でも、はじめの10分の読む時間で、何とか落ち着く事ができ、
2問目からは、失われた記憶もかすかに戻ってきた。
散らばった記憶を何とか掻き集め、時間中に4問の質問に答える事ができた。

できる限りのことはやった。
多分大丈夫だと思う。
これで落ちたら、それはその時考えよう。

何とか終わってよかった!!
後はテストの結果を祈るのみです!
結果発表まで2週間、これから仕事と遊びと文法の復習をがんばるぞ!!

けい

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2006年6月12日 (月)

愚か者・・・??

とうとう、明日がファイナルェクザム!!(期末試験)

一昨日までに8つのうちの質問のうち6つを書き、(残りの2個は捨てです!!)
昨日ネイティブの友達ANNEちゃんに文法チェックをしてもらいました。
後はこれをテスト当日(明日だって!)までにひたすら覚えるのみ!!

ここで、私の人生の中で5本の指に入るかもしれない
「決断の日」が来てしまった・・・・!!!!!

本日、皆さんご存知の通り、ワールドカップで日本VSオーストラリア戦が繰り広げられます。
サッカーにあまり詳しくない私でも、この日だけは2ヶ月も前からチェックをしてきました。
なのに、何故、テストの前の日??
はじめは家でおとなしくTV観戦しようと思っていました。

ところが、この試合の模様は民放のSBSチャンネルで放送されるという事が2日前に分かった上に友達からスポーツパブでみんなで観戦するけど来ないか?とのお誘いが。

何も迷う事などないはず。
家でおとなしく見るんでしょ??

と、皆さんの突込みが聞こえてきます。。。

実は私の家のTVはSBSのみが映らないのです。。。。

さて、どうする?
行くのか、行かざるべきか、それが問題だ。
(シェイクスピア風)

散々悩んだ挙句・・・。

何とかなるんじゃないか?という甘い考えが浮かんできました。
2時間、試合を見る間、どれほどの事が覚えられるのだろうか?
きっと試合が気になってそれどころじゃなくなるかも・・・・。
だったら、行っちゃぇ!!

これで、落第してもこの責任は自分で何とかします!!

ぁ、みんなからのブーイングが聞こえてきそう・・・。

言い訳はしません!
私は行きます!!そして、その時間だけ思いっきり楽しみます!!
その後は死ぬ気でがんばります!
落第しても愚痴りません!!

じゃ、皆さんよいワールドカップ観戦を!

けい

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2006年6月11日 (日)

首ですか??

昨日も、Sさんと6時30分からの早番をやってきました。

    が・・・・。

 あれ?どうしちゃったの??

と思うぐらい、
昨日は人が変わったみたいに、働いてくれました。。。。
でも、「来週の勤務表に私の名前がない」と私に文句を言われても・・・。

「私、子供もいるのに、いきなり仕事減らされても。(って、ないじゃん!!)
こんなの不公平だわ!!」
と、ぼやくSさん。

『そんな無断欠勤まがいな事ばかりしている、あなたと仕事する私や他のパートナーには不公平だとは思わないのか??』
と心の中で、突っ込んでしまいました。

仕事を首になるかもしれないという危機感で、動くようになったのかしら?

それにしてはちょっと遅すぎた気もしますけど・・・。
ただでさえ人が足りないのに、この先どうなってしまうのだろう?
彼女は本当に首になるのだろうか?
上司が勤務表、付け忘れたのか?
それとも、もう他の棟(もう一つうちと隣接して、古い棟がある)のメンバーとのいれかえなのだろうか?

どちらにしても、今日でSさんと仕事するのは終わりになりそうだ。

がんばってきます!

けい

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2006年6月10日 (土)

Sさんの責任感

私の働くナーシングホームへ2~3ヶ月前からSさんというオージーの女性が新人として働き始めた。

彼女は年頃の娘を持つお母さんで、エージドケアのサティフィケートⅢ(日本で言うとヘルパーや介護福祉士みたいなもの)を取るために学校に行っている。
彼女は以前にこの仕事(看護助手)の経験がまったくないため、ワークエクスペリエンスとしてうちのナーシングホームにやってきて、うちが気に入ったらしく、そのままケアラー(看護助手)として働くようになった。

まぁ、ワークエクスペリエンスで来た人が実践ですぐ「使える」とはうちらも到底思っていない。
それに、仕事を覚えるのに時間がかかるのも当然だ。
彼女が彼女なりに一生懸命に仕事を覚えようとしている事も、けして手抜きをしているわけではない事も、わかる。

それにしても、彼女の仕事はすごくのろい・・・。

通常、1つのウィングに16人レジデント(居住者)がいるとして、自分でシャワーを浴びれるレジデントは1~2人位、後は当然、要介助から、全介助になる。
朝食前、後を含めお昼までにこの16人全員の清潔介助を2人でケアプランに従って行わなければならない。

その中の何人かは介助者2人での移送が義務づけられていたりしている人もいる。
だから、看護助手の仕事は時間との戦い。
一人一人にたっぷり時間をかけられればいいが、
そんな事をしていたら、ケアをまともに受けられない人が出てくる。

いかに、効率よく、その人にあった最適な介護を提供できるかが私の腕にかかっている。

そんなこと知ってかしらずか、Sさんは相変わらずマイペースで・・・。
その分の仕事が彼女と組んだ合い方にまわってくる。
Lowケアな人ならいいが、Highケアな人なら、すごく手もかかり、大変。

この間、そんな新人Sさんと組む事になった。
私も去年の12月からここに勤めだしたばかりで、Sさんを除けばまだまだ新人の部類に入る。
そんな私に彼女はこんな質問をしてきた。
「ね~。あのさ、自分が『あ~、私だめだな~(とろいな~)・・・』て思うのにどのぐらい時間がかかった?」と。

   ??????

彼女の意味していることがわからなかった。
「いっている意味がわかりません。」
と私は言った。

自分の仕事がとろいな~と思うことなんて多々ある。
でも、それを常に自覚し、改善しようと努力しているから。
だからと言って、ケアに手を抜いていいわけではない。

そんな彼女と先週3日間早番についた。

早番とは朝6時半からの勤務で(通常は7時から)7時のスタッフが来るまでの30分の間にレジデント全て(50人ぐらい)の人を声かけし、姿勢直し、ベットUPし朝食に備え準備をする。
何人かのレジデントはトイレに誘導したり、朝食前のシャワーのための準備までするのが早番(2人)の仕事。
この7時までの30分は時間との戦い。

そんな激戦をSさんと組んだ私。
初めて組むならわかるが・・・。
組む人によって、レジデントの体位交換をするのに横シーツを使ったり、スライドシートを使ったり、いろんな人がいるから。
(私は決してFussy(気難しい)な方ではない。
時間以内に仕事が終われば相手に合わせるくらいなんでもないから。)

それなのに、Sさんは私に言われるまで動かない。

 ???この人、ばかなの?それとも気がきかないだけ???

何回組んでも、「テーブルセットしてくれますか?」
「カーテン開けてもらえますか?」
と私が言わない限り、レジデントと話し続ける。。。

   すいません・・・。
  あの、コミュニケーションはわかるんですけど、
      それしながら体動かせませんかね???

しょうがないと、思っていた。
彼女は経験がまだないし(でも、すでに働き始めて2~3ヶ月経つけど)
なれるのにきっと時間がかかる人なのだろう。

そう自分に思い込ませ、彼女をうまく誘導するよう心がけようとした。

そんな、こんなの今週の月曜日。
その日も私は早番でSさんが合い方だった。
早めに仕事場に着き、自分でできることから仕事を片付けていく。
(じゃ、ないと終わらないから・・・。)

6:35分になっても彼女は来ない。
また寝過ごしているのかな?
(その前の土曜日は彼女は寝過ごして15分遅刻した。)
夜勤の看護助手の人が手伝ってくれて何とかHIGHケアの人の体交は終わらせることができた。

そんな時、夜勤のRNから衝撃な一言が。

「さっき(6時半過ぎ)Sさんに電話したら、まだ家にいて、具合が悪いから休むって。」

・・・・・・・・・・?????・・・・・・・・・・

     。。。。言葉も出ません。。。。

具合が悪いなら仕方がない。
這ってまで来いとは言わないけど、
なぜ、RNが電話するまで連絡もよこさないのか?
早めに連絡をくれれば、エージェンシーなり代わりの人なり手配できるのに。

すごく無責任だと感じた。

自分の事だけで、他のスタッフやレジデントはどうでもいいのか?
自分が来ないことによって、私やレジデントや他のスタッフに迷惑がかかるとは思わないのか?

      すごく疲れてしまった。

他のスタッフに聞いたら、彼女には結構あることらしい。
私は結構、気が長い方だと思うが、今度彼女と組んで平気な顔で仕事ができるかは

はっきり言ってわからない。

    私は気持ちの狭い人間ですか?

けい

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2006年6月 9日 (金)

現実逃避・・・。

昨日も今日も仕事が休みで、ズット家にこもって期末試験のお勉強。

ズットやっているのだから、さぞはかどるだろうと思いきや、
実は、ぜんぜん進まない・・・。

さ、勉強するぞ! という気になかなかならず、
お掃除を始めてみたり、
お洗濯をしてみたり、
お昼寝をしてみたり、
ラザニアを作ってみたり・・・・。

完全に現実逃避です。

ヤバイ・ヤバイと思いながら時間だけが過ぎていきます。

そういえば、中学の頃からそうだったかも、
試験勉強になると机の掃除からやらないときがすまなかったりして。

人間の基本的なものはいくつになっても変わらないものなんですね。

って、しみじみ言っている場合じゃないですね。
がんばります。

けい

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2006年6月 8日 (木)

時間をとろう

    Take Time

夢見る時間をとろう。
    ・・・魂が星空まで昇るように。

働く時間をとろう。
    ・・・それが成功の代価となる。

考える時間をとろう。
    ・・・それが力の源泉となる。

遊ぶ時間をとろう。
    ・・・それが若さの秘訣となる。

読む時間をとろう。
    ・・・それが知識の基盤となる。

祈る時間をとろう。
    ・・・それは自分への魂への近道だから。

笑う時間をとろう。
    ・・・それが人生の重荷を和らげる。

健康のために時間をとろう。
    ・・・それが人生の本当の財産だから。

友達のための時間を取ろう。
    ・・・彼らは幸せの源だから。

愛する時間をとろう。
    ・・・それは大きな喜びの源だから。

家族のための時間をとろう。
    ・・・家族は先祖代々の橋渡しであり、
      無条件の愛の源だから。

回想のための時間をとろう。
    ・・・過去が今の自分をつくったから。

幸せを数える時間をとろう。
    ・・・今時分がもてる物に感謝するために。

誰かを明るくする時間をとろう。
    ・・・自分の一日も明るくなるように。

作者不明

「Yes,I can.」
スバル舎
マリア・コーミック、久保博正 (翻訳)より

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2006年6月 7日 (水)

Final Exam

昨日、PPIのケーススタディーのアサイメントを提出してきました。
本当は金曜日には出来ていたんだけど、もう一度、本文を見直したり、文献リストを見直したりするのが面倒くさくて・・・昨日になってしまいました。

これで、アサイメントは全て終了!!!

喜びもつかの間、来週の火曜日(6月13日)にFinal Exam(期末試験)が待っています。
科目はSCPHの1教科のみ!!

FinalExamでは事前に配られた8つの質問から、5つが出題され、そのうちの4つの質問を選択し答えるという形式。

例えば、
Question X.
*Examine the way in which feminity and masculinity produce gendered exposures and gendered experiences of health and illness. How have the men and women's health movements responded to thses issues and how successful do you think they have been?

こんな感じの質問が2時間で4問。
1問に付き30分で質問の答えを書かなくてはならない。
しかも、この答えの中にも文献を入れないといけないのだ。
文献や辞書は当日持ち込めないので、もちろん全て暗記していく事になる。

え?上の質問の意味がわからない?
大丈夫!! 私にもさっぱりです!!!
でも、授業でふれているトピックスで、教科書に全て書いてあるので、これからがんばります。

質問はもう2週間以上前に配られていたのですが、なにせ、PPIのエッセーで手がいっぱいだった物ですから、やっているわけもなく・・・。

今週はすたでぃーWeekで大学の授業は全てお休み。
学校に行かない分、自分でテスト勉強しなさいって事です。

と、言うわけで最後の追い込みがんばります!
土、日、月とバイトが入っているし、来週の月曜日はワールドカップの
「日本VSオーストラリア」なので、それまでには終わらせて見たい!!

けい。

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2006年6月 5日 (月)

心より感謝を込めて!

本日、ついにアクセス数が1万件を達成しました!!

いつも遊びに来てくれる方、今日はじめて遊びに来てくれた方、
いつもコメントをくれる方、私のブログを見ながら心の中で突っ込みを入れてくれる方、

本当に、本当に 本当にありがとうございます!

あなたの心からの応援や励ましに支えられて、
日本から遠く離れたこのオーストラリアでも人の道に外れることなく、
時にはくじけ、涙し、悩み、時には後ろ向きになりながら、
転んでも、それでも、立ち上がり、
また前を向いて、笑い、確実に自分の夢に向かって歩いていけるのは

理解ある家族や友人たち、そしてここで応援してくれる皆さんのおかげだと思っています。

私にできることは少ししかありませんが、それでも、ここで書いていることが
皆さんの人生に少しでもお役に立てればと思っております。
時には心のビタミンに、ある時は日常のちょっとしたスナックのような存在になれるよう、これからもがんばってUPしていきたいと思いますので、

これからも、応援よろしくお願いします。

これを機にブログもちょっとバージョンUPでもしようかと思っております。
ぁ、その前にファイナルイクザム、がんばらなきゃですね。

けい

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2006年6月 4日 (日)

甘い罠

パースは冬です。
6月1日からもう、冬ということに決まっています。
誰が決めたんだか・・・。
ちなみに、9月1日からは春だそうです。
だから、いったい誰が決めたの??

冬になると、無性にチョコレートが食べたくなるのは私だけでしょうか?
日本でも、寒くなると、冬限定のチョコレートが待ち遠しかった。
新発売となると一度は試さないとね!!
チョコレートとお番茶が私の冬の必需品でした。

海外物もいいけど、やっぱり日本のチョコレートが一番!
と信じて疑わなかった私。
だって、海外のチョコって、妙に甘くて砂糖の味しかしなくない?
と、勝手に思い込み、今日の今日まで生きてきました。

私が間違ってました。。。。反省してます。

この間、コールス(大手スーパーマーケット)に行った時の事、
LINDOR(リンドール社)のチョコレートが格安で売ってたので試しに買ってみました。

その日は無性にチョコレート!!!という日で、チョコならなんでもいいという感じで口にしたこのチョコが・・・すごくおいしくて!!
しかも、普段は高いのに、こんなに格安で手に入るなんて!!
今まで邪険に扱っててごめんなさい。

この日から、チョコレートが止まらなくなったのです。
せっかく痩せて引っ込んだ下っ腹が、見る見るうちに、元通り・・・。
冬眠の準備のためなのだろうか?

リンドールチョコだけならまだしも、その次に出会ってしまったのが、
HEAVENというネッスルが出しているチョコレート。
これは新発売なのだけど、ストロベリーミルクチョコレートを買ってみました。
ミルクチョコレートの中からクリームとストロベリーのシロップが口いっぱいに広がるという、まさに日本のチョコレートを思い起こさせ、すごく感激してしまった。
まさにヘブン!!(天国)です!!

う~~!! 美味しい!
チョコレートから抜け出すには、もはや冬眠するしかなさそうです。

けい

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2006年6月 3日 (土)

車の買い方

留学生活で、なくても困らないがあると、とっっっても便利な物、

    それは、

留学する都市や大学、自分の住むところにもよるが、
東京とは違い、AUSでは車があると行動範囲もぐっと広くなる。

車があれば、夜遅くまで大学の図書館やコンピュータールームに残っていても安全だし、
時刻表どおりに来るとは限らないバスや電車、終電や終バスの時間を気にせずに自由に行動できる。

それにこれからバイトをしようかと考えている人、引っ越そうかと考えている人にも、車があると選択範囲もぐっと広がる。

看護助手のバイト、特にエージェントで働こうと考えている人には必需品です。
足がないと、エージェントからの仕事はなかなか回ってきません。

まあ、車を持つ事によってのデメリットはそれなりにあり、皆さんご存知だと思うのでここでは省きますね。

さてさて、前置きはこれくらいにして、車の探し方に移りましょうか。
車の探し方・買い方はいろいろとあります。
1.車屋さんで買う。
2.中古やさんで買う。
3.大学やバッパー、インターネットカフェ、スーパーの掲示板で探す。
4.新聞広告の個人売買で買う。
5.雑誌で買う。
6.友達から買う。(口コミ)

ざっとあげて思いつくのはこのくらいかしら?

お金に余裕があって、新車じゃないとイヤ!!という人は迷わず1へ。
中古になると2以下の方法があげられます。
自分の予算と、使う目的、車の好みで後は決まると思います。
AT限定とか、マニュアルが好き!とか、エアコンCD付!がいいとか町乗りのみとかetc。

中古で必ず見るポイントは
・走行距離
・年式、メーカー
・レジの残り(日本で言うと車検みたいなもので、半年もしくは1年ごとにこれを買わないとならない。)
・タイヤ
・エンジン
・ボディーの傷

このポイントによって車の値段はすごく変わってくる。
だから、車を買うときは必ず車に詳しい人(男性が望ましい)について行ってもらって、見てもらうこと。

AUSの車は中古でも日本に比べると高いです。
日本では走行距離が10万キロを超えるともう廃車コースだけど、
AUSでは「まだまだ走る!!」内に入ります。
ちなみに私の車はホールデン(AUSさんのメーカー)の93’マニュアルの小型のハッチバックで、買ったときは走行距離が14万キロ超えてました。
一瞬目を疑いました。
でも、普通みたいです。
私は新聞広告の個人売買で気に入った所にその当時の元彼が電話をかけてコンディションを聞いてもらい、何個か見に行き、値段交渉までしてもらいました。
私は、ただお金を払っただけで何もしなかった・・・。 

もちろん、窓はハンドル回すやつだし、エアコンはあるけど効かないし、重ステだし。
でも、燃費は良くて小回りもきくので満足してます。
値段は3350AUSドルでした。

中古やさんも所によっては信用の置けない所もあるので、下調べをきちんとして、車に詳しい人が友人にいるのなら、絶対に個人売買のほうが安く手に入ります。

ただし、バックパッカーに張ってある、いかにもラウンド上がりで「今までに5~6周はAUS走ってきました!!」という車はちょっと避けたほうが無難かもしれません。

私が生まれる前に走っていた車もまだまだ現役で走っているAUS、
日本に帰ると、日本の車が全て新車のように見えます・・・。

今日はこの辺で。

けい

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2006年6月 2日 (金)

ダンスフロアーで大の字

アサイメントの延長をもらって、ちょっと心に余裕ができたせいか、
その後、とんとんと書く事ができて、水曜日にネイティブの友人Anneちゃんに見てもらい、
木曜日にランゲージサポートの先生に仕上げを見てもらった。
「ま、いいんじゃない?」
との言葉だったので、一応OKと言うことで提出日は来週の金曜日だし、後は文献リストつけて出すだけだから、昨日の夜友人のFちゃんと飲みに出かけてきました。

私の家で夕飯を一緒に食べて、タクシーでノースブリッジ(パースの繁華街)へ行きました。
最初に入ったパブで横に座っていたアイルランド人、スコットランド人の男の人二人組みが声をかけてきて一緒に飲むことになった。
話が少し盛り上がってきた所で、スコットランド人の人が「実は俺たち、連れがいるんだけど、そいつらも一緒にいいかな?」と。

「OK」すると、私たち2人を含めて7人の大グループでの酒盛りがはじまった。
スコットランド人の英語は大丈夫だったが、アイルランド人はすごく訛りが強く、聞き取りにくいし、理解不能。
でも、すごくいい人だったので、がんばって話した。
「英語上手だね。」と褒められて、「ありがとう」というが、冗談でも「あなたの英語はひどいね」なんて言えるはずもなく、ニコニコと笑顔で答えるしかなかった。

冗談も交えながら、楽しくお酒を飲んでいたが、酒盛りも終盤となり、グループにいた人もちらほらと帰りだした時、その中のメンバーの一人イギリス人が「どうせ、お前ら男は金だと思っているんだろ。」という話をしだした。

どうしてその人がそんな話をしだしたのかはわからない。
確かに、お酒はおごってもらってたけど、特に「お酒買って~」とも言った覚えはないし。
私もFちゃんも、私の横にいたアイルランド人のドアマット(仮名)もみんな「???」。
お互いに顔を見合わせた。

「お金はあったに越した事はないけど、それが全てとは思わない。」
「もし、私の好きな人が貧乏でも、私が働けばいいわけだし。」
などなど、言い返したが、「Kayはそう言ってた。」と。

は? 確かに、お酒の席だったし、まあ冗談で「お金持ち?いいね~。」
という話はしたけど、それを本気にするとは思ってなかった。
それに、今頃その話題で雰囲気をぶち壊すほど大人気ない人とは思ってなかったし。

カチンと来たわたしたちは、そのテーブルの上に20ドル札を置いてその店を出た。
その後、追いかけてきたドアマットが「今日の事は本当にごめんね」と謝ってきたが、
彼は少しも悪くない。
わかりにくい英語でひたすらいろいろ話してきたが、私たちのことを気遣っていることは十分に通じた。
この人は非常にいい人だった。 
この英語の訛りさえなかったらな~。(人の事いえないけど・・・)
ちょっと惜しかった。

ドアマットとバイバイした後、飲みなおしに次の店へ、そのパプで相当いい感じになった私達は、また次のパブへとはしごした。

今考えると、その時におとなしく家に返っていればよかった。
3軒目のパブにはダンスフロアーがあり、そこでライブバンドがライブをしていた。
かなり酔っ払っていた私達は、音楽に合わせて誰もいないダンスフロアーで踊りだした。

踊っている私たちに2人のおっさんが合わせて踊りだした。

次の瞬間、隣でFちゃんが大の字になってダンスフロアーに倒れているではないか。

????!!!!!!

何が起きたのかは理解できなかった。
とりあえず、呼吸をしているか心臓が動いているかを確認し、セキュリティーと他のお客さんとで涼しいちょっとしたスペースに避難。

少しすると彼女の意識が戻ったので、タクシーを呼んでもらって私の家に帰ってきた。
頭を打っていて、左側後頭部に手のひら大のたんこぶが出来ていた。
彼女が頭痛と吐き気を訴えるがそれが頭から来る物なのか、お酒から来る物なのかがはっきりしない。

今病院に行っても、即CTをとってくれるかもわからないし、お金は自己負担になるかもしれない。

おかげで酔いが一気に吹っ飛んだ。

私は彼女を病院に連れて行くべき?
夜中にもかかわらず、友達のミッキーにも電話する。
彼女は連れて行ったほうがいいという判断だったが、私は明日まで様子を見たほうがいいという判断だった。

結局そのまま、彼女は私のベットで眠りこけ、翌朝「頭痛いんだけど私どうしたの?」と。
今の所、頭のたんこぶだけですんでいるようだ。

彼女の話だと、もうすでに2軒目を出たときには記憶がなかったらしい。
今回はたんこぶだけですんでよかったが、次からは本当に気をつけよう。

Fちゃんは私から昨日の出来事を全部聞くと、
ポツリと、

   「もう当分ノースブリッジには行けない・・・。」

とつぶやいた。

酒は飲んでも飲まれるな。
気をつけましょうね!!

けい

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2006年6月 1日 (木)

悩んではならない2つの日

      Two days we should not worry

悩んではならない日が2つある。
恐れや不安のないようにするべき2つの日。

ひとつは「昨日」という日。
昨日の間違いや心配事、過ちや失敗など、
後悔や苦痛は昨日とともにある。
でも永遠に過ぎ去った昨日はどうにもならない。
世界中の富をもってしても昨日は取り戻せない。
たったひとつの行いすら取り消すことはできない。
たったひとつの言葉すら消し去ることはできない。
昨日には永遠に帰れないから・・・。

悩んでもならないもうひとつの日は「明日」。
災難の可能性、どうなるかわからない今日の過ち、
大きな約束、乏しい成績とともにある明日・・・。
でも明日もまた、いますぐどうすることもできない。
明日の陽は昇る、光が輝き、あるいは雲に覆われて、
それでも明日の陽は必ず昇る。
しかし、明日が来るまでは今日とは無関係。
まだはじまっていないのだから・・・。

残る日はひとつ、「今日」という日。
誰でも1日だけなら闘うことができる。
今日、動けなくなるのは、手に負えない昨日や
明日起こる不安という重荷が加わるとき。
人を迷わせるのは今日の経験だけではない、
昨日起きたことに対する自責や苦しみと、
明日がもたらすかもしれない不安なのだ。

だから、1度に1日ずつ生きるようにしなさい!

「Yes,I can.」 発行:すばる舎
マリア・マコーミック
久保博正(翻訳)

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