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2006年7月20日 (木)

母の事

今日は母の命日。

私の母は3年前の2003年7月20日午前6時49分、
自宅で家族に見守られながら息を引き取りました。
享年64歳でした。

私の母はやさしく、上品で気丈で心の強い人でした。
母は準看護師でした。

母は幼い頃に父(私の祖父に当たります)を亡くし、それが看護への道を目指すきっかけとなったと話してくれました。

かつて住んでいた横浜の家には医学書や看護雑誌や本が沢山あり、常にそれを読んで母が勉強していた事を覚えています。

私が高校生の時にそれからの進路を決める時、
「看護学校へ行こうかな。」と言った私に
母はすごく反対しました。
「そんな成績でなれると思ってるの?なるなら、正看護師にしなさい。」と。
その時の母はその後、私が看護学校に合格し同じ看護の道を歩む事になるとは夢にも思っていなかったでしょう。


私が看護学生だった時、母の勤める診療所で訪問看護の実習を一緒にさせてもらったことがあります。
後にも先にも、母と同じ白衣を着て同じ現場に立てることなどはそれ以降ありませんでしたが、
訪問先での患者さんに「私の娘なの、体ばかり大きくて。」と謙虚ながらも自慢げに紹介する母。

私はいつも母が自慢でした。
それと同じようにひとときだけでも、母の自慢の娘になれたと、
私は娘としてすごくうれしかった。

看護師になってからも母は同じ女として看護師としていつでも私の話しを聞きよきアドバイスをくれました。

そんな母が引退してから秋田に父と引っ込んでから数年もしないうちに肺がんにかかってしまった。
初期の診断では「高分化性肺腺癌」で、小細胞癌などに比べて比較的進行も遅く予後も良好だと母の主治医から説明を受けました。
その後すぐ手術となり、右の肺下葉を摘出し、化学療法も受けることなく回復も早く術後2週間で退院となりました。
2002年のFIFAワールドカップを母の病室のベットで応援したのを覚えています。


母が秋田の総合病院を退院し自宅に帰り、その後も紹介された近医で診察を受けていました。

2003年2月、手術から8ヵ月後、
母の左の肺へのがんの再発が認められましたが、
その時点での手術は適応にはならず、抗がん剤での治療が始まりました。
今の医療や薬をもっても、母のがんは小さくはなりませんでした。
もうこの時には母は自宅で最期を迎える決心をしていたのだと思います。
経口の抗がん剤へ切り替え、4月には退院し自宅へ戻りました。
私も5月に東京の職場を退職し、秋田の母の元へ戻りました。

2003年6月までは在宅酸素を使用しながらも母の日常生活には何も支障はありませんでした。

7月に入り38度台の発熱が1日1回出るようになり、近医受診し、肺炎を起こしており点滴加療目的のため7月9日入院となりました。

入院中から呼吸困難がたびたび起こっていて、ベットの横に座るのもしんどい様子でした。

点滴加療後、発熱は落ち着きましたが呼吸苦はあまり改善されませんでした。

退院する前日に撮った胸のCTの結果では、
「肺全体に癌が広がっていて酸
素もあまり入ってない状態、そして肝臓にも癌の転移が見つかったのでおそらくあちこちもっと広がっていると思う。進行が本当に早いですね。」
と言われました。

母には病状の進行の話はしていませんでしたが、もう残された時間は少ないと自分で覚悟してるみたいでした。

そして「うちに帰りたい。」と言うので2003年7月15日に退院しました。

退院後は、食欲はあったりなかったりで、母の食べたい時に食べたいものを食べるようにしていました。

意識は明瞭で、調子の良いときは話をしたり写真を見たり、テレビで大好きな相撲を見たりしていました。

調子の良い日はすごく良くて(でも歩いたりは無理でした)家族全員がこのまま明日もこの状態が続けば良いなと祈るような気持ちでした。

幸い父もそして東京より帰省していた兄も手伝ってくれたので、家族全体で団結して母に残された時間を楽しく過ごそうと努力することができました。

こんな言い方変ですけど、退院してから母が亡くなるまではすごく濃い時間をすごした気がします。

ここ15年ぐらい家族がそろってこんなに長い時間を一緒にすごすことがなかったので、すごく充実していました。

7月19日あたりから呼吸困難が増強し始めました。

20,21日と連休になってしまうので、連休だけでも入院してはどうかと家族で相談しましたが、母は最期まで「家に居たい。」との希望でした。

20日の明朝より呼吸困難が悪化し、枕元に集まった家族(父、兄、母の姉、私)一人一人に「ありがとう」と告げ、午前6時49分永眠しました。

意識は最後の呼吸が止まるまではっきりしたおりました。

さぞ苦しかったと思います。

苦しかったのに私は、何もしてあげられませんでした。

ただ、体をさするしかできませんでした。

永眠した母の顔はすごく安らかな顔をしていました。

楽になったのだと思いました。

看護師である前に娘である私。
でも、家族にとっては医療者である私。
自分の力があまりにも無力で情けないと感じました。
今でも、私には何が出来たのか?
これでよかったのか?と母のことを思います。

これは私にとって、母が残してくれた宿題だと思っています。

けい

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コメント

AUSで頑張っているKAYを
お母さんはいつも隣で見守ってくれてると思う。
声にだして伝えられなくても、心できっと通じてるはず。

次のセメスターも一緒に頑張って、卒業して、そしてAUSでNurseに
なろうね:)

投稿: ミッキー | 2006年7月21日 (金) 00時56分

「これでよかったのか?」という思いは、愛する人を亡くした人なら誰でももつ気持ちかも知れません
Kayさんには、Kayさんにしかできないすばらしい看護ができるのかもしれませんね
「宿題」の答えを探す手がかりが、留学中に見つかるとよいです

投稿: tisane | 2006年7月21日 (金) 09時21分

<ミッキーさん>
コメントありがとうございます!
母に見守られているどころか、時々頭を小突かれている気もします(笑)。
母のためにも頑張らなきゃね!
あと1セメスター、お世話になります。
お互いに協力し合って、絶対に卒業しましょうね!!
もうすぐパースに帰ります。
帰ったらの見に行きましょうね!
けい

投稿: Kay | 2006年7月21日 (金) 18時45分

<Tisaneさん>
コメントありがとうございます!
私にしかできない看護、それって、究極の看護ですよね。
看護学生時代によく、「看護感」について作文を書かされました。
この「看護感」って、人それぞれ違いますよね。
母の事も私の看護感を見直すきっかけとなりました。
留学中に手がかりが見つかるかはわかりませんが、
一生かけてこの宿題の答えを見つけたいと思っています。
けい

投稿: Kay | 2006年7月21日 (金) 18時51分

お母様の残された宿題は難しいですね。
答えは、あと50年ぐらいかけて、ゆっくりと導きだしたらいいと思います。

けいさんは、すばらしいお母様、そしてご家族をお持ちですね。

投稿: 綾子 | 2006年7月21日 (金) 23時00分

<綾子さん>
コメントありがとうございます!
本当に難しいです。
そうですね、ゆっくり時間をかけて答えを考えて行きたいです。
まあ、生きているうちに答えが出るかもわかりませんが・・・。
それでも、一生懸命に生きます!
けい

投稿: Kay | 2006年7月22日 (土) 07時55分

こんばんは!
ごめんなさい、正直、何と言って良いのか分かりません(>_<)
僕の両親は健在で日々を楽しく過ごしています。
反面、けいさんのようにこれ以上ない切ない思いをした方もいるんですよね。。。
けいさんのお母様が亡くなる時にどんな思いだったかは、けいさん自身感じていると思います。
けいさんはきっと、他の人にはない魅力的な看護師になれると思います。というか、なる資格があるし、ならなければいけないと思います。
これから、いろんな大変な事があると思います。
その時は今までのような頑張りで乗り切ってください。
そして、微力ながら僕も応援しています。

投稿: オーライ | 2006年7月23日 (日) 20時13分

<オーライさん>
コメントありがとうございます!
力強い応援ありがとうございます!
そうですね、家族の恥にならないように、一生懸命勉強して世界一の看護師になりたいです。
これからも応援よろしくお願いしますね!
けい

投稿: Kay | 2006年7月23日 (日) 22時38分

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