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2007年2月

2007年2月28日 (水)

卒業式

2月24日土曜日に私の大学の卒業式がありました。

日本から来た父も兄もそして彼氏のPちゃんも参加してくれました。

式は夜の7時15分からリハーサルで30分から開始となる。

6時30分には会場となる大学の広場の横にある本屋さんの前で友達やその家族と待ち合わせ。

私は黒のドレスを着て参加しました。

Kay_graduation_045 みんなで早速記念撮影開始!

そしてその日の朝に受け取りに行った、式で使うガウンとたすきと角帽を身に着ける。

さらに記念撮影は続く。

Kay_graduation_052 このたすきの色は学部によって色が分かれている。

看護学部は薄い水色。

そんなこんなで、写真撮影をしている間にあっという間に式の時刻になってしまった。

係りの人の案内で卒業生が着席する。

そして注意事項の説明の後、早速式が開始された。

式は屋外で行われ、当日は雷雨の天気予報が出ており決行されるのかどうかが心配されていたが、私の行いが良かったせいか、天候にも恵まれた。

大学の偉い人たちが次々と拍手で迎えられた。

Kay_graduation_142 「まるでハリーポッターでも見ているみたいだった。」

と兄の感想。

確かに言えてるかも。

国歌斉唱の後はすぐに卒業証書授与にうつる。

一人一人名前が呼ばれ、舞台の上で卒業証書をもらう。

大画面のモニターが部隊の両端にあり、後ろの方の家族の観覧席からでも見えるよう、一人一人の顔が映し出される。

Kay_graduation_152 こんな感じ。

←ちなみにこれ、私です。

自分の番が終わればなんてこと無い、後は速く終らないかな~と退屈になるだけだ。

何せ生徒が400人以上はいるものだから、そんなに早くはおわらない。

途中、お偉いさんのスピーチも含めてたっぷり2時間。。。

最後の生徒はみんなからの「これで終わる~」と言う拍手喝さいの嵐だった。

式の最後は音楽にあわせて花火が上がる。

すごく綺麗だった。

式の後は家族と彼氏とそして友達とまたまた卒業証書を持っての記念撮影。

Kay_graduation_215 これは、プロの方にとってもらう時に横からPちゃんが便乗して取ったもの。

なかなか綺麗に写ってます。

そんなこんなで、全てが終わったのが11時過ぎでした。

さすがの私もヘトヘト。

父と兄をホテルに送り、家に帰ってバタンキュ~でした。

いまだに、卒業したと言う気がなかなかわかないのですが、卒業証書に書いてある私の名前を見てしみじみする私です。

Kay_graduation_222 ←卒業証書

最後にPちゃんの許可が出たので、初公開!!

Pちゃんと私のツーショット公開!!

Kay_graduation_047

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2007年2月27日 (火)

台風一過?

久しぶりの更新になります。

元気ですか?

私は元気です。

22日からパースに来ていた父と兄も25日の夜の便で日本へ帰ってしまいました。

4日間という短い期間の中で、パース市内観光、キングスパーク、フリーマントル観光と歩き回り、スビアコマーケットに行ったり、ワイルドパークに行ってコアラやカンガルーと戯れたり。。。そしてメインイベントの私の卒業式!とめまぐるしい、過酷なスケジュールをこなして、ヘトヘトになって帰って行きました。

本当にあっという間の4日間でした。

7ヶ月ぶりに会う、父と兄。

父は心なしか少し老けてました。

初海外で緊張してたせいかしら?

とにかく、無事に終わってよかった。

Pちゃんとの対面も果たせたしね。

父はちょっと複雑な顔をしておりました。。。

家族も疲れただろうけど、こっちもいろいろ連れまわしたり、ガイドしたり通訳したりでいろいろ気を使って疲れました。

何しろ時間が無いし、あれもこれもしてあげたい物だから・・・ね。

父も兄も短い時間なりにも充実してたみたいです。

今度はゆっくりいらしてください。

でも、今度っていつになるんだろう?

  けい

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2007年2月22日 (木)

就職活動に必要な物は?

就職活動を始めるにあたり必要な物を少しあげてみよう。

履歴書は「CV」または「レジメ」と呼ばれ、日本の履歴書のように決まった形式は無いが、特徴として学歴も職歴も新しいものから⇒古い物と言う風に書いていく。

職歴には就職していた年月日、病院名、ポジション、そして役割などを書く。

インターネットで履歴書の書き方についてはいろいろ参考例が出ているので、チェックしてみてくださいね。

履歴書の他には「カバーレター」と言う物が絶対に必要になってくる。

カバーレターとは自己紹介文みたいなもので、内容としては「RNとしての就職を希望しています。」から始まり、自分がどれだけ経験をつんできたか、自分はどんな人物なのかを要約して書きます。そして終わりには「いつでもインタビュー受けられますよ、よろしくね。」でしめます。

長さ的にはA4の紙1枚に収まる程度。

その他には「Reference」または「Referee」と呼ばれる人が2人以上必要になってくる。

「Reference」または「Referee」とはいわば「推薦者」で主に以前または今の仕事場の上司が望ましい。

紙にその人の名前とポジションと連絡先を書く。

面接した病院はあなたのことをもっとよく知るためにレフリーに連絡を取り「あなたがその就職先にどれだけ適した人物なのか?パーソナリティー、仕事に対する態度」などをいろいろ情報を得るらしい。

基本的には上の3つが一セットになる。

私はこの他に日本の看護免許状(英訳された物)、AUSの看護免許証、警察の無前科証明書、日本での最終の就職先の在職証明書(看護師長の勤務評価を含む/英訳された物)のそれぞれのコピーを上の基本1セットと一緒にファイルに入れて提出した。

面接前に他に必要な書類が無いかどうか聞いてみるといいかもしれない。

面接当日に職が決まるとパスポートナンバーやビザナンバーが必要になってくることもあるので、パスポートも念のために持参した方がいいかもね。

持ち物に関してはこんな所です。

けい

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2007年2月21日 (水)

ペーパーワーク

SCG病院に就職も決まり、先週からペーパーワークに追われている。

提出しなければならない書類に目を通し、サインをして病院とヘルスデパートメントに持って行く。

昨日は書類提出と同時にユニフォームのサイズあわせとIDバッチの作成、そしてパーキングチケットの申請をしにSCG病院に行ってきた。

ユニフォームはフルタイムとパートタイムによって割り当てられる数が違うのだけれど、私はフルタイムなので6着割り当てられる。

白いワンピース、白いトップ、下はロングのスラックス(ジップあり、なし)ショーツ(半ズボン)、キュロットから好きなのを選べる。

そのほかにフリースのベスト(黒)とフリースジャケット(黒)が割り当てられる。

1度割り当てられると、18ヶ月間はサイズが変わらない限りは変更は不可能となる。

私は白いワンピース1着と白いトップ5着、下はロングスラックスのジップありを2着、ジップなしを3着選んだ。

ユニフォームがそろい次第、病院から手紙が来て、取りに行くとの事。

ユニフォームが来たら、写真UPしますね!

書類の方も全て手続きを終えて、後はビザの仮番号と、来月のオリエンテーションを待つばかり。

明日の午前中には私の父と兄が日本から到着する予定。

週末の卒業式も含めて、滞在日数は4日間と短いけど、すごく楽しみ!!

頼んでおいたお酒も手に入るし!

と、言う事でしばらく忙しくて更新が遅れると思われます。

ご了承くださいね!

けい

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2007年2月19日 (月)

就職先の探し方

ひとまず就職活動も終えて、無事、内定ももらい、ひと段落着いたのでこれから少し就職先の見つけ方を書いてみようと思う。

これからAUSの病院に就職する人に参考にしてもらえれば幸いです。

まずはどうやって就職先を見つけるか?

これは、一番確実な就職先は実習先の病院である事は前にも書いた。

実習先だったから、病棟にも慣れてるし、スタッフにも患者さんにも慣れているからストレスが少なくてすむ。

実習でよほどのへまをやらかさない限り、就職率はかなり高いといえる。

実習中に自分をさらに売り込んでおけば、なおGOOD!

ただ、病院によってはスポンサービザを出してくれない所や、AUS国内で6ヶ月以上のRNとしての病棟での経験が求められると言う所もあるので、実習中にきちんと調べておこう。

では、実習先がスポンサービザを出してくれない病院だった、または惜しくもハズレで「そこにはちょっと就職したくない」場合はどうすればいいか?

1.新聞の広告で探す。

2.インターネットで探す。

3.電話帳で探す。

などの方法があります。

1.2.の場合は見れば、何科でどういうポジションの求人なのかが書いてあります。

求人広告の応募方法に従い履歴書を送り(郵送またはEメール)後日面接と言う形になります。

3.の方法は病院に直接電話をかけて「RNとして働きたいのです」と話すとその担当者に繋いでくれます。
この場合、どこのポジションに空きがあるかは不明です。

病院によりますが、「まず、Eメールで履歴書を送ってくれ」と言う所と、「いつ面接にこれる?」と聞かれるところがあります。後者は面接時に履歴書を持参します。

だいたい、空きのポジションがあれば面接までこぎつけるのに早い時は1日、遅くても1週間以内と見ていいでしょう。

あまり、「OO病院のOO科じゃないといや!!」などの強い希望が無ければ、何軒かの病院をあたってみたほうがいいと思います。

面接も回数を重ねるごとに慣れてきますし、的を得て応える事が出来るようになります。

      数打ち当たるです。

先輩の一人は、本命病院の前に練習のつもりで何軒か病院の面接を受けてましたよ。

就職先は結構あるので心配しなくても大丈夫だと思います。

けい

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2007年2月16日 (金)

順番

順番なんてほんとうの人間の価値とは何の関係もないんだよ。

岡本太郎

『強く生きる言葉』 イースト・プレス

より抜粋

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2007年2月15日 (木)

就職前線・後味悪い勘違い

一昨日、SCG病院に無事就職が決まったとの報告をこのブログで書きました。

この就職活動の話にはまだ続きがあったんですよ・・・。

それは、昨日SCG病院に就職が決まったので実習先のO病院で面接してくれたナース、アンに断りの電話をかけた時のこと。

断りの電話って日本語でもかけづらいけど、英語だとなおさらなんて言っていいのかわからず、いろいろ断りのフレーズを考えながら電話をかけた。

アンは電話に出るなりこう切り出した。

アン「ひどいじゃない!なんでSCG病院で仕事をするって先に言ってくれなかったの?面接する事も言ってくれなかったし。」

  え?何故そのことを知ってるの?

  今言おうと思ってたのに・・・。

Kay「ごめんなさい。」

アンの話によると、私がSCG病院に面接をする10分前にもらった電話の時点でアンはもう私のビザのスポンサーをすることを決めていたらしく、電話を切った後すぐにヘルスデパートメントに書類を出し、申請も済ませたとの事。

その時の電話では後で私がヘルスデパートメントに電話して付け足す書類は無いかどうか確認してくれとのことだったらしい。

    私の完全な聞き間違い?

私の頭の中では『O病院=スポンサー不可能』の図式が出来上がっており、ビザの件もまだ決定ではないと思っていた。

で、SCG病院から同じように私へのスポンサー願いの届けが出たので、

    いわゆる『ダブルブッキング状態?』

アン「で、どうするの?どこで仕事するの?」

   あっちゃ~・・・きちゃったこの質問・・・。

私の心の中では、O病院にスポンサーをできないといわれた時点で気持ちが他に移っており、はっきり言って、SCG病院で内定をもらった今、心はSCG病院に決めていた。

  最悪・・・、すごく言いにくいんですけど・・・。

Kay「申し訳ありませんが、今回はSCG病院で働きたいです。本当にごめんなさい。」

そして、O病院、アンが私にしてくれた全ての事に感謝しますと付け足した。

アン「わかったわ。じゃ、ビザの件はキャンセルしておくから。」

 心なしか対応冷たい・・・、ま、当然か・・・・。

すごく後味悪い・・・。

って、言うかタイミングも悪かったしね。

もっと早くに言ってくれれば・・・

そしてもっと早くに私もO病院に断りの電話をしておくべきだった。

すごく反省・・・・。

後は、SCG病院からビザのスポンサーがうまく下りればいいんだけど。

こんなんで、内定取り消されないよね?

とちょっと小心者のけいです。

けい

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2007年2月14日 (水)

バレンタイン・キッス!

昨日はPちゃんがTAFEの授業が終わるとすっ飛んで帰ってきた。

家に帰ってくるなり、私を抱き上げ「おめでとう!」のキスの嵐。

私以上に喜んでくれて、私もすごくうれしかった。

彼は、もし私が就職が決まらなかったら日本に帰ってしまうのではないかとすごく心配していた。

    そんな事絶対無いけどね。。。

就職活動で凹んでいた時も、常に励ましてくれたPちゃん。

本当に感謝している。

Pちゃん「これで、オーストラリアにいられるね。よかった!
      すごいじゃないか!やったね!よくやった!」

本当にありがとう。

私ができると励ましてくれたこと、

私ができると信じてくれたこと、

私のことを見守ってくれたこと、

私のことを喜んでくれたこと、

私のことをサポートしてくれたこと、

本当にありがとう。

ぁ、今日はちょっとノロケ入ってますけど、いいよね?

だってバレンタインだし!

これから、チョコレートブラウニーを焼いて、夕方は二人でピクニックに行きます!

Happy Valentaine!

けい

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2007年2月13日 (火)

就職前線さくら咲く!

今日は先週の金曜日に電話をもらったSCG病院に面接に行ってきた。

10時の約束だったので、少し早めに家を出て、病院に着くと携帯が鳴った。

  だれだろう?

「ハロー?Kay?O病院のアンだけど。」

2週間前に面接をしてくれた実習先のクリニカルナース・アンからだった。

アン「ビザの件どうなったかと思って。ヘルスデパートメントとか、イミグレ(移民局)に電話して聞いてみた?」

そう、実習先の病院ではビザのサポートができないから、自分でビザをどうにかして、また電話してと言われていたのだが、

ビザは自分でどうなるわけでもなく、他に就職が決まったら連絡しようと思っていて、そのままになっていた。

Kay「それが、ヘルスデパートメントや私のビザコンサルタントにも相談してみたのですが、やっぱりスポンサーが無いとビザは自分ではどうにもならないとのことでした。」

アン「そうなの・・・。実は人事課にちょっと相談してみたんだけど、前例が無くてね、人事課はどうすればいいかヘルスデパートメントに私から電話してみろってことなの、これから私が電話するから、あなたも今日の午後にでもヘルスデパートメントのOOさんに電話してどういう手続きをすればいいか聞いてみてくれる?」

なんか、ビザのサポートを前向きに考えているらしい。

さすがに、「これから他の病院で面接を受けるんです・・・・」とは言えなかった。

まあ、保険ってことで、もしSCG病院が駄目なら、もう一押しすれば実習先の病院でもビザのサポートをしてくれるかもしれない!

これは、運が向いてきたぞ!

ちょっと、面接を受けるにも気持ちに余裕が出てきた。

時間通りに、面接の担当者ルイスに会った。

ルイスと一緒に内科病棟のクリニカルナース・マリーも一緒に面接をしてくれた。

  !!さあ!どこからでもかかって来い!!

事前に履歴書とその他の書類をメールで送っていたので話は早かった。

Q今までの経歴

Q今はどこで働いているの?

Q今まで働いた科でどの科が一番好き?

Q将来はオーストラリアに住む気があるのか?

Qフルタイム Or パートタイムどちらで働きたいか?

Q夜勤はできるか?

Q自分の5年後のビジョン、今後の目標。

あまり厳しい事は突っ込まれなかったので、今回はここぞとばかり自分を売り込んだ。

その後、ルイスとマリーから「何か質問は?」

   待ってました!!

Kay「はい、あります。ビザのスポンサーにはなってくれますか?」

「そうね、問題ないわよ。」とルイス。

    採用決定!

ルイスと一緒に人事課へ行き、書類をもらい、来週までに提出することになった。

やった~~!!

なんか、あっさりと決まってしまったけど。

就職ゲットできました!

応援ありがとうございます!

オリエンテーションは3月12,13日でそれから仕事がスタートする予定。

ちなみに内科勤務です。

これから、夕食を作って、Pちゃんと乾杯します!

 けい

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2007年2月12日 (月)

マインドコントロール

この話をブログに書くまでに1年もかかってしまった。

今日はちょっと辛い思い出の元彼の話。

このブログは本当は2005年の1月、日本にいたときから書き始めたのですが、途中2005年7月に突然ブログを閉鎖してしまいました。

理由は元彼のTが反対したから。

彼は私のブログを読めないし(日本語だから)、何かの出会い系のサイトと勘違いしたらしく、私がブログを通して浮気相手を見つけるのではないかと不安だったようです。

今考えるとすごく馬鹿らしいですけどね。

ブログのことを理解してもらおうと必死で説明したのですが、英語力が足りず、彼を説得する事ができませんでした。

ブログが原因で別れるのも馬鹿らしいし、彼のためにもやめようと自分で決めました。

無くして初めて私にとってこのブログがいかに大切かを確認する事ができました。

元彼Tと付き合い始めてから、彼は私の全てをコントロールするようになりました。

彼のために携帯番号を変えて、メールアドレスも変えました、男友達も全て切りました。

そうすると、今度は女友達までもコントロールしようとしだしました。

『あの子はKayに悪い影響を与えるから、付き合うな。』とか平気で言うし、

しかも、「これはKayのためだ。」と付け加える始末。

Tは私の親でもなんでもない、ましてや私は立派な大人で、自分の責任でオーストラリアに来たし、生活している。

もし、良くない友達を選んでしまったのなら、それは私の責任で、彼には関係ないし、私の友達まで選ぶ権利はTにはないはずだ。

異常なやきもち焼きで、わたしが他の男の子と話すのをすごく嫌がりました。

学校から帰ってくると、まず、「今日は学校どうだった?」から始まり、

(これは普通ですけどね)

「今日は誰とランチを食べたの?」

「誰か男と話した?」

「男からメールあった?」

「男から電話はあった?」

と続きます。

しかも、毎日。。。

私の携帯のチェックは当たり前、しかも無断で。

私の知らない間に日本からのお世話になった人たちの住所や連絡先を記したアドレス張まで勝手に捨てられました。

男性の写真が載っているポスターを見るだけで、

「こういう男が好きなの?」

と聞いてきたり、

車で走っている時に何気なく外を見てたら、

「やっぱりパブに行きたいんだ」

(ぇ?パブなんてあったの???)

と皮肉を言ってみたり。

(女友達同士でも飲みに出かけるのを許してもらえなかった)

何を言っても信じてもらえない。

喧嘩をしても最後には必ず

「どうすれば信じてもらえるの?」

「どうしたら信じられるんだ!」

と言う結果になった。

私はだんだんと自信をなくし、卑屈になり、下を向いて歩くようになった。

悪い事をして、嘘をついて信じてもらえないのなら話はわかる。

でも、何もしてないのに、勝手にそう思い込み私のせいにされる。

そこに無いものを「在る」と言う彼に「無い」と言う事を証明するのはすごく難しいし不可能だった。

だんだん友達とも話せなくなった。

だんだん友達もなくしていった。

彼しかいない生活になり、私は「何がおかしいのか」さえも判断ができなくなった。

喧嘩は毎日のようにしていた。

荷物をまとめて車に積み込み、バックパッカーに家出した事も1度や2度ではない。

でも、完全に出て行く勇気が無かった。

いつかは信じてもらえるのではないか?

私が真実を貫いていれば、わかってもらえる。

そう信じて、頑張ってきた。

でも、変わらなかった。

いつでも、悪いのは私。

彼が怒るのは私が悪いから。

全て私がわるいから。

今までの経験も全て後悔に変わる。

私はもう私ではなくなっていた。

9ヶ月経った時にした喧嘩も付き合い始め当時の喧嘩と内容はさほど変わってしなかった。

そんな時、ナーシングホームでの仕事を見つけた。

ナーシングホームで暖かいスタッフに恵まれ、ある同僚に相談した。

その人はまるでお母さんみたいに何でも包み込んでくれる温かい人だった。

「あなたが私の娘なら、すぐに荷物をまとめて帰ってきなさいと言うわね。」

彼女の言葉を通して母の言葉を聞いた気がした。

そうだ、私は今まで一人でやってきた。

パースに来ようと決めたのも、来てから住む所を探すのも、生活するのだって何だって一人でやってきた。

彼の家を出よう。

と、決意した。

今のアパートを探して彼の家を出て、彼とも少し距離を置くようにした。

完全に別れるまでは少し時間がかかったけど、自分の場所と自分の時間を取り戻し、少しずつ自分を取り戻すことができた。

マインドコントロールってこんな風にされるんだろうな~と、今になって思う。

人との間に信頼関係が無ければ、その上に愛情も友情も築くことはできない。

すごく苦しんだ分、ちょっと大人になったような気がする。

今日はそんな過去のお話でした。

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2007年2月 9日 (金)

就職前線・神頼み?

火曜日に受けたM病院の「神経外科病棟」の面接の結果が今日までに来る予定だった。

面接はあまりうまく行かなかったので、あまり期待はしていなかった。

でも、結果がはっきりと出るまでは「もしかしたら?」と言う淡い期待もあったり無かったり。

朝から電話を待っていたが一向に来る気配が無い。

これは次のことを考えておいた方がよさそうだ。

午後からバイトだったので、午前中にSCG病院とSJOG病院にEメールで履歴書を送った。

電話が来ないまま、バイトに出かけた。

いつ電話が来てもいいように、携帯電話をポケットに入れ働く。

そろそろ午後2時30分になるけど、電話はかかってきそうもないので、こっちから電話をかけた。

面接をしてくれた担当者は忙しく、「こっちからかけなおす」との事で自分の携帯番号を残し電話を切った。

1時間後、担当者から電話が来た。

私の予想していた通り、担当者はこの言葉から話し始めた。

「Unfortunately...(残念だけど・・・)」

     やっぱりね。。。。。

採用されなかった理由に、担当者は「AUSでの経験を積んだ人がほしかったから。」

「今あなたを採用しても、面倒見切れるかわからないし、あなたにも余計な期待をして、プレッシャーをかけたくない」と話してくれた。

まぁ、運がなっかたのかな?

駄目押しで、「他の病棟に空いているポジションはありませんか?」と聞いてみた。

「あなたの履歴書を看護マネージャーに渡しておくから、彼女が見て、もし他の病棟に空きがあれば連絡をくれると思うわ。」とのこと。

丁寧にお礼を言って電話を置いた。

   っっち。。。

 次行こ! 次!

予想していたことだし、縁が無かったのだ。

バイトを続けていると、また携帯に電話が入った。

もしかしたら気が変わったのかも?

出ると、SCG病院のクリニカルナースだった。

「仕事ほしいの? いつ面接に来れる?」との事。

今日メールした履歴書に早速目を通してくれたらしい!

  らッきー!

と、言うことで来週の火曜日にSCG病院の面接を受けることになった。

今度こそうまく行くといいな~。

仕事の帰り際にレジデントの一人、Iちゃんに私の面接がうまく行くように祈ってくれと頼んできた。

Iちゃんは前に「神様が私に良い旦那を見つけてくださるように」お祈りしてくれていて、Pちゃんと出会うことができた。

こうなったら、神様でもレジデントでもすがれる物ならすがりたい!

Iちゃんは「わかったわ、でも、RP病院の方が大きいわよ。」と。

いえ、今度面接受けるのはSCG病院なのでそこんとこ間違えないでね!

とよく念を押しておいた。

頼むよ!Iちゃん!!

けい

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2007年2月 8日 (木)

Your Dreams May Be Closer Than You Think

If you believe you can, you will.

Stay forcused on what you want to happen,

and don't lose sight of the goals ahead.

You are never alone when you have others who believe in you.

Borrow their faith in you if yours is running low.

When you think you can't take another step,

someone will help you find a way,

even if they must carry you for a while.

And always remember...

only by believing in your dreams will you ever know what you are capable of achieving..

Only by believing in yourself will your dreams come true.

So reach down deep inside,

bring them out,

and make them come to life.

---Elizabeth Ann Nichols

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2007年2月 7日 (水)

自分を賭ける

自分を賭けることで力が出てくるんで、

能力の限界を考えていたら何もできやしないよ。

岡本太郎

『強く生きる言葉』 イースト・プレス

より抜粋

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2007年2月 6日 (火)

就職前線前途多難?

今日は午後2時からパース市内にあるMプライベート病院に面接に行きました。

実はこの病院、6年前にエージェントで仕事していた時に2回くらい仕事でいったことがある。

さすがプライベートの病院と言うだけあって、すごく綺麗!

受付なんてホテルのロビーみたいだった!

気合を入れていったせいか30分も早くついてしまった。

隣接しているカフェでコーヒーを飲みながら面接時間を待った。

時間通りに病棟に通され、面接してくれるクリニカルナースを待つ。

病棟がちょっと忙しかったせいか、少し遅れてクリニカルナースのJDとナースデベロプメントのLSが来て面接を始めることとなった。

面接の内容は

Q今までのナースとしての経歴

Qコミュニケーション能力はどうか?

Q以前の病院ではどういう患者を受け持って、どういうケアをしていたのか?

Qもしこの病棟に就職したら、どういう利益をもたらしてくれるのか?

Qこの病棟で働いたとしたら、難しいと思われることは何か?

と、言う事を主に聞かれた。

面接の雰囲気は、前回の実習病院と比べると非常に硬く、緊張していたせいもあるけど、自分を表現する事ができなかった。

正直言って、今回は非常に厳しい気がする。

面接官は金曜日までに話し合って、連絡するといっていた。

まあ、もう終わってしまった事だから、どうしようもないのだけれどね。

もし、この病棟が駄目だったら、他の病棟にポジションは無いか聞いてみようと思う。

後は、他の病院にもちょっとあたってみようと思う。

種は撒けるうちにまいておこう。

いつ何処で芽が出るかわから無いしね。

こんなことではめげないぞ!

 けい

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2007年2月 5日 (月)

就職活動再び

実習先の病院で面接を受けたものの、ビザのスポンサーが受けられない事が発覚し、就職を断念せざる終えなくなった。

正直言って、かなり確実な本命路線だったのに、こんなことになってしまって、ちょっと凹みました。

皆さんからの励まし、本当にありがとうございます!

めげててもしょうがないので、早速、電話帳を引っ張り出し、パースの病院をリストアップ。

自分の独断と偏見で選んだ病院に数件電話をかけた。

一つ目はSCG病院。

受付のオペレータに「仕事したい」と話すと、人事課に繋いでくれた。

自分の経歴をちょこっとはなすが、「新卒者のためのプログラム(新人教育)」の枠はもう埋まってしまっていて、雇うとしても、枠もちょっと限られているが、でも、一応Eメールで履歴書送って!と言われた。

メールアドレスを聞いて、電話を切った。

2つ目はプライベートのM病院。

受付からやはり人事課へ電話を回された。

前回と同じように私の経歴を話すと、「神経外科に空きがあるけどどうかしら?」と言われた。

そう、私、脳神経外科に1年間勤務歴あり。

「喜んで!(もうこうなったら何処でもいい!)」と、答え、

早速明日(火曜日)に面接を受ける事になった。

今度こそ頑張るぞ!

健闘を祈っていてくださいね!

けい

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2007年2月 4日 (日)

自分の道は自分の手でひらいていくんだよ。

岡本太郎

『強く生きる言葉』 イースト・プレス

より抜粋

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2007年2月 3日 (土)

就職前線落とし穴あり!後編

インタービューも順調に進み、

「こりゃ~、このまま就職決定だな~!!」と思った時、意外な落とし穴が私の目の前に現れた。

 巨大な落とし穴、それはビザ。

面接をしてくれたクリニカルナース・マネージャーのアンが最後に

「何か質問はある?」と言ったので、

ビザのスポンサーのことを話した。

そう、私は今は学生ビザでパースにいるがこれから就職するには、就職先の病院からビジネスビザを出してもらわなければならない。

私の集めた情報によると、プライベートの病院は病院からのビザのサポートが必要だが、パブリックの病院だと国のヘルスデパートメント(厚生省みたいな物)がビザをサポートしてくれる物だと思い込んでいた。

私の面接受けたこの病院はパブリックの病院。

当然、ビザは国が出してくれると思い込んでいたので、問題ないと思っていた。

そこに、アンの衝撃な一言が!

 うちの病院はビザのスポンサーはできないのよ。

  ビザのスポンサーはできないのよ・・。

    スポンサーはできないのよ・・・。

     できないのよ・・・・。

        できないのよ・・・・・。

           できないのよ・・・・・。

     ???はい???

その言葉に追い討ちをかけるように、アンがとどめを言い放った。

「ビザは自分で何とかして頂戴ね。ビザのめどが立ったら、就職の話を進めましょう。」

     そ、そんな・・・。

自分で何とかできる物なら、とっくに何とかしてます。

私の永住権の申請には看護師としてのオーストラリアでの経験が少なくても1年半は必要。

その経験を得るためにはビジネスビザを取得して、それからの永住権の申請となる。

ビザが出してもらえなければ、就職はできないんですよ。。。。

せっかく、面接もうまくいったのに。。。

自分が外国人であることを改めて感じた。

そう、私の人生、全てがこんなに調子よく行くはずが無かった・・・。

就職活動、振り出しに戻る・・・。

ビザを出してもらえる病院を新たに探さなきゃ。

くよくよしている暇は無い!

病院は他にも沢山ある。

立ち止まっている暇は無い!

他にもチャンスはまだまだある!!

前進あるのみ!

進め!けい!!

進むのじゃ!!

けい

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2007年2月 2日 (金)

就職前線落とし穴あり!前編

今週の火曜日にPちゃんのお兄様に履歴書を直していただき、

就職活動に向けて、やっと重い腰を上げた私です。

水曜日、その仕上がった履歴書等の書類を持って、実習でお世話になった病院に就職申し込みをしてきた。

久しぶりに会うスタッフや患者さん。

みんなが「とうとう、申し込みにきたわね!」と笑顔で迎えてくれた。

クリニカル・ナース・マネージャーのアンに履歴書を渡す。

アンはインタビューが通ったら働く事になるかもしれないA病棟を案内してくれた。

実習先と同じ病棟ではなかったが、雰囲気もよく、とてもよい印象を感じた。

最初は「じゃ、追ってインタビューの日にちを連絡するわね」と言う事だったが、

急遽、「今日、ちょっと時間ある?もし良ければ、今日インタビューできないかしら?」と言う事になり、アンとA病棟のクリニカルナースと私3人での面接をすることになった。

インタビューの用紙にそって、面接が行われる。

「まあ、これは形式的なものだから、大丈夫よ!」

とは、言ってくれるが、こっちは何の準備もしてきて無い・・・。

緊張するなという方が無理だ。

そんな私を見て、リラックスさせようと場を和ませる2人。

面接では次のような事が聞かれた。

Q:RNの登録書を持ってますか?

Q:今までの経歴、どういう病棟(例:内科、整形外科など)で働いていたか?

Q:その中で好きなセクションは何処でしたか?

Q:病室の定期のラウンド時(見回り)にある患者さんが意識消失している事を発見しました。 あなたならどういう対応をしますか?

Q:自分の勤務で業務が沢山ありすぎてとても一人では対応できそうもありません。 どうしますか?

Q:新しい患者さんが入院してきました。どんな事をアセスメントしますか? そしてどんな事をまず最初にしますか?

Q:薬の予薬でRNができることはどんな事ですか?

以上の7項目、全て口答で応える。

少しでも突っかかると、結構助けてくれたり、言い直してくれたりしてくれてた。

なんとか、全部の質問に応えられる事が出来て、結構いい感じでインタビューは終了。

むこうも、雇ってくれるき満々の雰囲気がビシビシと伝わってきた。

が、ここで大きな落とし穴が・・・・。

どうなる?私の就職?

続きは、また明日。

けい

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2007年2月 1日 (木)

ネズミ算式ヨーグルト?

日本でも一昔前にはやった「カスピ海ヨーグルト」。

話には聞いていたが、私の周りにヨーグルトの種を持っている人がいなくて、手に入れるるチャンスが無く、私とは無縁の代物だと思っていた物の一つだ。

今回、そんなカスピ海ヨーグルトをこのAUSで偶然手に入れることができた。

この間、Pちゃんと共にPちゃんの1番上の兄、P兄1(仮名)を訊ねたときの事

(ちなみに、Pちゃんは4人男兄弟の末っ子)、

P兄1の彼女ケリー(仮名)ちなみに彼女も日本人、がカスピ海ヨーグルトを食べていたのだ!!

彼女は喜んで私に種を分けてくれた。

彼女はここオーストラリアでもう一度このカスピ海ヨーグルトを広めると言う野望を密かに持ち続けていたらしい。

私がその種をもらう第1号になる!

そしてケリーはこのカスピ海ヨーグルトのイヴとなったのだ!

このカスピ海ヨーグルト、あまりにも有名だけど、知らない人のために説明しておくね。

普通のヨーグルトよりも粘質があるのに味は意外とあっさりしておりヨーグルト独特の酸味が少なく口当たりが良い。

ケリーによると、種1に対し牛乳(フルミルク)10の割合でガラスの容器に入れて混ぜて常温で放置。

*注意* 低脂肪牛乳やスキムミルクだと固まらないので気をつけて!

室温にもよるが、今の夏のパースの気温だとだいたい6~10時間で固まるらしい。

冬はもう少し時間がかかるって。

自分の好みの硬さになったら冷蔵庫に入れて冷やす。

冷蔵庫でだいたい1週間は保存できる。

後はこれを繰り返し、食べたい分だけ増やしていく。

これから毎日、無料のヨーグルトが食べれるなんて!!

すごく感激!

友達が日本から帰ってきたら早速広めよう!

 けい

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