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2008年1月29日 (火)

アルコール依存症

人はそう簡単には変わらない。

わかっているつもりだったが、忘れていた。

人は自分で変わろうとしない限り、変わらない。

私はどう頑張ってもその人を変えることは出来ない。

ちょっと、仕事で疲れています。

私の病棟にはIVDU(覚せい剤使用者)やアルコール中毒の患者さんが入院してくる事が多い。

この類の患者さん達は、繰り返し入院してくる事が多い。
酔っ払って道端にねっころがってたのか、なんだか知らないが、車に引かれたアルコール中毒の患者Jさん(男性)はうちの病院のED(救急病棟)に担ぎ込まれた。

私の病棟のベットが空き、JさんはEDから転棟してきた。
EDで切られた血まみれのTシャツ、同じく血まみれの短パン、ひん曲がったサングラス、タオルに包まれた6本の缶ビール、そして巻きタバコ、それらが入れられた患者用のプラスチックバックと一緒にJさんはやってきた。

事故によって取れそうになった左の耳は、綺麗に縫合され包帯がぐるぐる頭に巻かれていた。

アルコール離脱の治療目的のため、6本の缶ビールはナースステーションで没収する事になった。

アルコール離脱チャートに従って、バイタルサインを定期的にはかり、離脱症状、禁断症状をチェックする。
必要があれば、定期的にジアゼパムを与える。(禁断症状を軽くするため)

そうやって、Jさんもアルコール離脱が順調に進んだ。
左耳の外傷によりパンパンにはれていた顔のむくみも良くなり、クリームパンみたいだった耳も腫れが引いてきた。

だんだんと体調が良くなるに従い、Jさんは「家に帰る」と言い出した。

Drの退院の指示は週末明け、その週末はオーストラリアデイと重なり、土、日、月の3連休だった。
身寄りのないJさん。
家に帰っても誰もいない。
誰もいないから家が心配なのもわかる。
病院にいればクーラーもきいているし、3食昼寝付なのに。
でも、Jさんは帰ると言い張り、当直医の「AGAINST MEDICAL ADVICE」のフォームにサインをして帰って行った。

Jさんが帰ればお酒を飲むのは誰の目から見ても明らかだった。

なんだか悲しくなった。
すごく虚しくなった。

体調が悪い時は、「もう酒は止める。」と言っていたのに、良くなったとたん、飲まずにはいられなくなる。

これがアルコール依存症なのだからしょうがないのかもしれないが、なんか裏切られた気がした。

P助は「それが依存症なのだよ。たった2週間の入院で治る物ではない。」と言った。

そうだよね、それなら苦労はしないよね。

たった一人で、たった2週間でその人のアルコール依存症を治す事ができるとでも思っていたのだろうか?
バカだな、私。
自分は神様にでもなった気がしてたのだろう、そんな自分を恥ずかしく思った。

私は1人の看護師で、自分で出来る事はほんの少しだ。

でも、ただ、Jさんを信じたかったのかもしれない。
「お酒止めたい」と言っていた、Jさんを。

Jさんが自己退院して、お酒を飲んだかどうかなんて、誰も知らない。

人は変わらない。
自分で変わろうとしない限り、変わらない。

私はなんて無力なんだろうとまた凹む。
こうやって、人生を学んでいくものなのか。

けい

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