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2008年5月

2008年5月28日 (水)

入籍しました!

毎度、突然のお知らせでびっくりさせて申し訳ありません。

私、昨日5月27日にP助と入籍しました!!

ので、報告します。

AUSでのワーホりから日本へ帰国して、再びAUSに今度は看護留学と言う形で戻るまでの5年間。

結婚・安定を取るか夢を取るかでさんざん悩みました。

その時に『結婚はいつでもできるから、今やりたい事をやりなさい!』と背中を思いっきり押して、送り出してくれた友達。

ありがとう。 思い切って飛び出してみて、本当に良かった。

AUSでもいろいろ恋をしたり、失恋するたびに、このまま一生一人なんじゃないか?なんて不安に思う事もあったけど、

そんな時はいつも母が亡くなる前に言い残した言葉を思い出した。

『大丈夫!いい人見つけたら天国から肩叩いて教えてあげるから!!』

そして、こうやってP助と出会う事ができて、「一緒にずっと歩いていこうね。」と誓い合う事ができました。

これからもP助とお互いに支えあって、助け合って、成長していけるように、

二人で明るく暖かい家庭を築いていきたいです。

まだまだ未熟な二人ですが、これからもよろしくお願いします。

ウェディングは来年の予定です。

Kay_psuke_marriage_day_099

  

 けい

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2008年5月23日 (金)

残された時間の過ごし方

もし、あなたが医師からあと3ヶ月の命ですと宣告を受けたら、
あなたは残りの人生をどう生きますか?

残された時間を1分1秒でも延ばすために、治療に専念するでしょうか?

自分の仕事や生活の整理をするでしょうか?

思い残す事がないように、やりたい事をできる限りするでしょうか?

愛する人や家族や今のうちに会って話をしたい人と過ごすでしょうか?

それとも、自暴自棄になって残りの人生をも諦めてしまうのでしょうか?

残りの時間をどう生きるかは、人それぞれです。

全ての人は生まれてから既に『死』へと向かって歩いています。

医師にあと6ヶ月と余命宣告をされた人でさえも、5年生き延びた人だっています。

誰にも自分にどれだけの時間が残されているかはわからないのです。

私の婚約者(P助)の親友(ロイ:仮名)も先日末期がんで医師からあと3ヶ月との余命宣告を受けました。

彼のガンはもう手の施しようがないほど全身に広がっており、医師からは『残りの人生を楽しみなさい』と言われたそうです。

抗がん剤などの科学治療で余命を伸ばす事は出来るかもしれないが、その副作用により体力の消耗などで命を縮める可能性もある。

それに、これ以上の治療の為に病院のベットに縛られるのは、彼の望む所ではないとして彼はこれ以上の積極的な治療は望まなかった。

彼のQOLを考慮し、彼はほぼガンでふさがれた大腸をステントと言う器具を入れて物が通るようにする手術を受けその次の日に退院した。

私は彼の入院中にお見舞いにも行く事が出来ず、P助も彼の退院以来彼と連絡が取れずにいた。

3日前にP助の携帯に送られてきた彼からのメッセージには『痛みと闘っている。お腹に入れたステントも調子がよくない』とだけ書かれていたそうだ。

昨日、P助からロイと電話で話した事を聞いた。

ロイは来週メキシコに母親と一緒に飛ぶそうだ。

ロイの家族がインターネットで見つけたメキシコにいる『医師』の治療を受ける為に。

なんでも、その医師に診てもらって末期のガンでも治った、あるいは余命が伸びた人がいるらしい。

余命3ヶ月と言われても、その医師に診てもらって1年、あるいはそれ以上余命が伸びるなら、この投資は無駄ではないと、その伸びた分もっと好きなことが出来る、彼の子供とももっと一緒に過ごせると判断したのだろう。

前にも言ったが、「人の余命」なんて誰にもわからない。

神様しか知らないこと。

彼がそうしたいと言うのなら、それでいいのかもしれない。

人生をどう過ごすのも人それぞれだし、どれが正解なんてない。

彼がやりたいことがあるのなら、それを行動に移すことが彼にとって一番良い事なのか?

私ならもっと他の選択をするだろうし、P助もまた違った選択をするだろう。

どれが良いかなんて、誰にもわからない。

ロイの治療がうまく行って、元気に帰ってくることを、心から願ってやまない。

  けい

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2008年5月20日 (火)

医療用語再び?

<ファイル付いてます>

ずっと昔からこのブログを読んでくださっている方はよくご存知かもしれませんが、

私、この医療用語にとても苦労しておりまして、

なんとかして、どうにかしたい物と考えていたんです。

私の勤めている病院で年に一回「Medical Terminologyコース(週2時間、3ヶ月)」と言うのがあって、

去年そのコースを見つけたときには、半分以上のクラスが終了しており、自宅学習と言う形で挑戦したんです。

もちろん、途中で、って言うか途中まで行かずに挫折・・・。

考えてみたら、私は自己学習タイプじゃないことに気が付いた。

テスト勉強は必ず机の上の掃除から始めないと気がすまないタイプ。

「進研ゼミ派」よりも「塾派(受身)」でした。

このまま医療英語を無視して仕事を続けるにも限界がある。

今年もこの「Medical Terminologyコース(週2時間、3ヶ月)」の時期がやってきたので、もちろん、応募しました!

で、2週間ほど前からこのコースに通ってます。

初めてのクラスはコースのアウトラインを説明したり、自己紹介をしたり、ほとんどの時間はオリエンテーションだった。

このコースは医療秘書さんや医療事務系の方たちが取るコースで、もともとはナースのためではない。(でも、誰でも希望すれば受ける事が出来る)

クラスの中で、ナースはもちろん私一人だった。。。

    ちょっと心細い

私が自己紹介すると案の定

『ぇ?ナースなのになんで??』という驚きと冷ややかな視線が私に突き刺さった。。。

   ま、いろいろとあるんですよ。。。

  

このコース自分で勉強するよりも、クラスに出たほうがよっぽど面白い。

説明も丁寧だし。

先生が黒板に医療用語を書いて、それをみんなでSuffixやWord RootやPrefixに区切り、そしてその意味を辞書を使って分析していく。

みんなが我先にと答えるので、私も負けずと授業に熱が入る。

前回までのクラスでは、主に医療用語のイントロダクションとボディーシステムの仕組みに関することを勉強した。

来週からは骨筋系、神経系、内分泌系などとそれぞれに携わる医療英語を勉強していく。

これを読んでいる人とも一緒に勉強できたらと思うので、

テキストを貼り付けておきます。

興味のある方はダウンロードしてみてくださいね。

    ***注意***

このテキストは全て『イギリス英語』で書かれています。
アメリカ英語ではつづりが違う事があります。

 -Medical Terminology-簡易辞書

「med_term_prefixes.pdf」をダウンロード   

「med_term_word_roots.pdf」をダウンロード

「med_term_suffixes.pdf」をダウンロード

-Medical Terminology-
医療用語の成り立ちテキストより↓
「med_term_introduction_1.pdf」をダウンロード

つけたし+練習問題と答え↓
「med_term_introduction_2_exercisesanswer.pdf」をダウンロード

一緒に頑張りましょう!

  けい

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2008年5月16日 (金)

Kay切れる!!

私は患者さんに対しては気が長いほうだと思っている。

どんなに罵声を浴びせられても、ある程度は我慢できるし、
患者さんが言う事を聞いてくれなくても、患者さんが受け入れてくれるまで気長に待つことが出来る。

    が・・・

昨日はさすがの私も切れてしまった。。。

私の受け持ちは男性4人の大部屋で、患者さんの1人、Sさんが超肥満(160キロ以上)の為、4人部屋を3人部屋として使っていた。

Sさんは何かとスタッフとの折り合いが悪く、態度が悪いのでスタッフのほとんどから受け持ちを拒否されていた。

Sさんの他の患者さんは二人とも混乱気味で『転倒や脱走のリスク』がありガード(監視する人)が付けられていた。

事件は夕食後に起こった。

混乱気味の一人、Pさんは認知症があり、夕方過ぎると余計にそれがひどくなる。

この日は夕食前から徘徊が始まり、ベットの周りをうろうろしていた。

英語が少ししか話せず、イタリア語で家に帰りたい、家に電話をかけたいと言うので、Pさんの娘に電話をかけて話してもらったが、電話中に泣き出し、余計に混乱。。。

時期を見計らって気を静めるような作用の薬を飲ませようとするが、もちろん、拒否。

話を聞くにも、イタリア語がわからず、「英語で話して。」と言っても、イタリア語で必死に訴える。
そこに割って入ってきたのがPさんのベットの真向かいに寝ていた巨体のSさん。

「いいかげんにしろ!このボケじじい」まがい的なことを言って、Pさんを挑発してきた。

それに答えるかのようにPさんもますますエスカレート!

Sさんのベットにちかづいて行こうとするので、二人の間に割ってはいる。

Sさんはベットの上で『ファイティングポーズ』を取るし、Pさんはイタリア語で罵るし。

   今日は満月なの?

と思ってしまうぐらい、修羅場と化す病室。

急いでSさんのベット周りのカーテンを覆い、Sさんを隔離。

面白くないのはSさん。

「なんでカーテンを引くんだ!カーテンを閉めるな!開けろ!!患者の人権を無視するのか?上のものに言いつけるぞ!」

と抗議する。

もちろん、無視し、病室から出て行くPさんを追った。

Sさんはその後もスプーンでベットレールを叩いたりしていたので、しばらく病室には戻らなかった。

Pさんは引き続きナースステーションで家に電話してくれと他のナースに訴える。

Pさんの水薬の鎮静剤を取りに病室に戻ると、足音で私が入ってきたのがわかったのか、カーテン越しにSさんが私に言った。

「おぃ!おい!! IDIOT(ばか者)、カーテンを開けろ! おい!聞こえているのか?俺は英語を話しているんだぞ!」

さすがの私も切れました。。。

これは明らかに言葉の暴力です!!

「あなたの言動は受け入れる事が出来ません。上のものに報告します。」

とSさんに言って病室を後にした。

シフトコーディネーターに報告し、すぐに時間外クリニカルナーススペシャリスト(CNS)に報告。

CNSとS/Cが私からの事情を聞くとSさんに所に話をしに行った。

Sさんの言い分はPさんがスタッフに対しイタリア語でひどい事を言っていた事に頭にきて、私たちの代わりに注意をしようとしたとのこと。
だから、それを止めようとした私に頭に来たとのことだ。

CNSはそれにしてもスタッフをばか者呼ばわりする事は許されないとして、謝罪を求めたが、Sさんはそれを拒否。
私がカーテンを引いた事を謝るならSさんも謝るとのこと。

  カーテンを引いたのは正しい行為ですよね?

CNSは私は間違った事はしていないと言ってくれた。

私は謝る事はしないとCNSに言った。
別にSさんが謝ってくれなくてもいい。
私はSさんの看護を拒否するだけだ。

病室であった事を看護記録に残し、Sさんから逃げるのもイヤだったので、何事もなかったの様に冷静にそれでいて簡潔に仕事だけを済ませようと就寝前の与薬をする為に病室に向かった。

Sさんのベットに行くと

「さっきはごめんね。」とSさんが謝ってきた。

「もういいです。」とプロとして感情的にならずに接するように心がけた。

Pさんは落ちついてはいたが、相変わらず病室とナースステーションを行ったりきたりしていた。

今までに患者さんに怒鳴られる事はあったことはあったが、どの患者さんも錯乱状態かまたは精神的障害を持っている人で、ほとんどの場合本人は何を言っているのか理解していない場合が多い。

今回は違う。

Sさんはちゃんと自分が何を言っているかを理解していて、なおかつどうしたら相手の心を踏みにじる事ができるかをちゃんと理解して発言しているのだ。

自分の態度が自分の入院生活の居心地を悪くさせているのに・・・。

これは彼が選んだ道なので、私にはどうする事も出来ない。

しばらくの間、Sさんの受け持ちは拒否させていただく事にする。

   けい

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2008年5月13日 (火)

余命宣告

本当は先週から始まった『Medical Terminologyコース』の話を書こうと思って、テキストもスキャンしてブログに載せようかと思ってたんだけど、

さっきP助からの電話でそんな気が一気に吹き飛んでしまった。

何から話せばいいかわからない。

P助からの電話の内容は

『親友のロイ(仮名)があと余命3ヶ月だって、今、彼から連絡が入った。』

P助の声が震えているのがわかった。

私はなんて言っていいのかわからなかった。

全身の血の気がさ~~~っと引いていく

受話器を持つ手が震える

目の前が真っ暗になる

この感覚

この気持ち

そう

あの時と同じ

母から電話で『癌の再発』の告知を受けた時と同じ。

ロイはP助と同年代の幼馴染でもあり大親友と言うよりもむしろ兄弟と言った方がしっくりくる。

P助と付き合いだしたころ、P助にロイを紹介されて、P助に彼女が出来たのを一番に喜んでいたのも彼だった。

私が女友達と出かける時、午後勤務の時は必ずと言っていいほどP助はロイの所に遊びに行き、私はそれを『ロイ’s Day care center(託児所)』と茶化していた。

1年ほど前から便に血が混じっていたり、黒色便があったにもかかわらず、彼は医者に行かず、ご自慢の『家庭の医学』で自己診断を下していた。

最後に医者に行って胃カメラを飲んだのは2年前でその時はなんでもなかったと、彼は話していた。

最近では物が食べられなくなり、2週間前に大腸鏡検査をした際には、S字結腸に大きな腫瘍が見つかりそれによってS字結腸はほぼふさがれていたという。
その時の腫瘍のバイオプシー(穿刺)の結果、ガンと診断された。

大腸癌と言っても、転移がなければ進行状況によって取りのぞく事も出来るし、そうすればまた食べられるようにもなるしね。

と、P助と私はインターネットで『医学辞典』を開き、彼の症状と照らし合わせ、なんとか希望の光を見つけようとしていた。

彼が先週受けたCATスキャンの結果、骨、肺の他にも全身に転移が見つかったとのこと。

彼は私の働いている病院に今日入院してくる。

私には何が出来るだろう?

P助もあの時と同じ気持ちを、絶望、怒り、無力感に襲われているに違いない。

そして、余命宣告を受けたロイ自身も。

私には何が出来るだろう?

  けい

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2008年5月10日 (土)

母の日のカレー?

明日は母の日です。

明日は仕事がお休みなので、P助のママとパパ、あとP兄1とその彼女を家に招待して母の日のお祝いをする予定。

TVではデパートの『母の日セール』やジュエリーのコマーシャルが盛んに流れている。

その中でちょっと目に留まったコマーシャル、

レッド・ルースターというローストチキンのファーストフードのCMだ。

『母の日はローストチキン母の日セットでお母さんに楽させてあげよう!』と言うもの。

日本にいた時に覚えているのは

『母の日はカレーを作って、お母さんに楽させてあげよう!』というカレールーのコマーシャル。

こんな所で文化の違いを垣間見る事が出来る。

母の日に子供達がカレーを作ってくれるのはいいけど、振り向けばキッチンに汚れた食器や鍋が山のように積みあがっている・・・なんて事も、ローストチキンを買えば、ご飯を作らなくてもいいし、後片付けも簡単!!  って事か?

母の日にファーストフードって言うのもなんか味気ない気がするのは私だけ?

それに、母の日じゃなくてもファーストフードは食べられるににね。

  母の日にカレーを作ろうと言う発想はこの国にはないかもしれない。

そう考えると、日本って幸せだな~と感じる。

で、明日のメニューは?

もちろん、BBQです!

  けい

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2008年5月 6日 (火)

勧誘電話撃退法?~おぬしもやるのぅ

一人暮らしを2年前に始めて、初めてAUSで電話を引きました

家にいる時間も限られているので、ほとんどの場合、連絡先は「携帯電話」です。

それでも、家の電話に勧誘電話はかかってきます。

それも、しつこい!!ぐらいに・・・。

私は家電に出る時は「もしもし」と言って出ます。

勧誘電話撃退のためです。

家の電話番号は家族、日本人の友人、職場しか知りません。

もし職場からなら、例え私が「もしもし」と出ようとも、必ず相手は病院名と名前を言います。

だから、その時点で英語に切り替える。

でも、勧誘電話はすぐにわかるので、何を言われても「もしもし?」と日本語でしか対応しない。

これで、大概、相手は諦めてくれます。

    今までは・・・・

この間、いつものように「もしもし」と電話に出た時に返ってきた言葉「MOSHI-MOSHI?」

  思わず油断して、英語で「Hello?」と聞き返してしまった。

だって、P助のママだと思ったんだもん。

       やばい!!

と思ったが最後、とめどなく話し続け切る隙を与えない勧誘電話。。。

  おぬし、なかなかやるのぅ~。

と、感心している場合ではない!!

実はP助もこの手の勧誘にうんざりしており、私のまねをして「もしもし」と電話に出るようになっていた。

先日、P助も勧誘電話の相手から「MOSHI-MOSHI? コンニチワ!!」といわれてビックリしたらしい。

きっと、私の電話番号が載っているリストには「Japanese」との記載があるに違いない。。。

   早く次の手を考えなくては!!

  けい

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2008年5月 2日 (金)

地獄の2分間?

私の病院は医療スタッフは1年に一回火災訓練、マニュアルハンドリング(患者の移送訓練)そしてBasic life support(BSL)(救命訓練)を更新しなければならない。

マニュアルハンドリングは1ヶ月前に講習を受けて済ませたが、BSLに関しては予約していた講習がキャンセルとなり伸ばし伸ばしになっていた。

昨日は午前勤務だった私の所にSD(スタッフ教育係)ナースのジャネール(仮名)がやって来て言った。

ジャネール「Kayは確かBSLの更新がまだだったわね。今日、講習があるんだけど、どうかしら?」

  今日ですか? すっごく急ですね。。。

ま、明日は休みだし、これを逃すと次がいつになるのかもわからなかったので、引き受けた。

「はい、じゃ、終わったらこれにサインもらってきてね。」と言って、ジャネールはBSLの冊子とBSLアセスメント用紙をくれた。

アセスメント用紙??

 え?テストするんだっけ?

そういえば、BSLは『病室に行ったら、患者さんが床に倒れてました。さあどうする?』と言ったシチュエーションで救命方法(CPRを含む)をアセスメントするんだった。。。

      しまった・・・ 忘れていた。

準備も何も、資料もたった今渡されたし。。。復習する暇すらなかった。

    こんなんでパスできるのか? 

あ、でも他の講習生もいるからそれを見ながら復習すればいいか~!

なんて、お気楽な気持ちで講習室に向かった私。

  講習室に入ると、誰もいない。。。

    あれ? ちょっと早く来すぎたかな?

しばらくすると、講師のエレナ(仮名)が部屋に入って来た。

私のアセスメント用紙を受け取り、私の名前を確認すると「じゃあ、はじめますか。」とエレナは言った。

  ぇ? 私一人?

     が~~~~ん・・・ ・  ・   ・。

考えが甘かった。 

私一人じゃ、他の人を見て復習も出来ない。

しかも、エレナが「今日はあなた一人だし時間短縮の為に、アセスメント用紙に沿って質問して、答えられなかったら説明するって形でいいわね?」

  半ば強制的・・・。

「はい」以外何と言えるか?

早速、テスト開始。

この所、コードブルーが立て続きにあったので、急変時の対応、除細動器(Defibrillator)の使い方についてはなんとか答える事ができた。

そして、DRABCにそって模型の患者さんの救命実践開始!

模型の患者さんに除細動器を装着し、CPRを開始する。

「私は腰痛があるから、アンビューバック押すわね。はい、あなたベットに早く乗ってCPR開始! 30回プッシュしたら私が2回アンビューバックを押すからね。じゃぁ、2分間!行くわよ!! 始め!!!」

   え? 2分間もですか?

と、嘆いている暇もなくCPR開始。

1,2,3,4,5,~~,28,29,30!!

   ビュォ~~、ビュォ~~~(アンビューバックを押す音)

「早すぎず、それでいてゆっくり過ぎずにね。じゃないと2分間もたないわよ!」

とエレナ。

1,2,3,4,5,~・・・

そんな曖昧な事言われても・・・。

6,7,8,9,10,~~・ ・ ・。

これ、相当体力使いますよ・・・。

・ ・ ・ 28,29,30!!

    ビュォ~~、ビュォ~~~

この繰り返し、2分間。

  なげ~~~~~ょ!!

こんなに2分間が長いと感じたことはなかった。

2分間のCPRの後、ヘロヘロになってベットから降りて除細動器のボタンを押す。

  こっちが死ぬかと思った。

そんなこんなで、無事テストに(なんとか)パス出来ました。

これで、後1年間は大丈夫!(なにが?)

この間にCPRを行う出来事に遭遇しない事を祈るばかりです。

  けい

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