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2008年7月27日 (日)

手帳

それは、偶然見つけた。

母が亡くなって、私がオーストラリアに留学し始めたときから、父はずっとこの秋田の家で一人暮らし。

最近では自分で料理もあまりしないらしい。

タッパー容器も戸棚にごろごろあったが、結局使わないので、叔母に役立ててもらうことにした。

小さなタッパー容器には母の筆跡で『桜デンブ』『ねぎ』などとかかれたシールがそのまま張ってあった。

冷蔵庫や冷凍庫で『物が探しやすいように』と工夫したのだろう。

母はもうこの世にいないので、母の手でかかれたものは年々失われていく。

母の匂いも母との思いでも、少しずつ少しずつ薄らいでいく。

人間とはこうやって忘れていく生き物なのかと、この家に帰るたびに少し悲しくなったりする。

だから、この『桜デンブ』とかかれたシールもどこかに残しておきたかった。

どこかに母が使っていたノートがあるはず、そこにこのシールを貼ろう。

リビングの戸棚の引き出しを開け、何かないかと探した時、それは出てきた。

母の手帳だ。

母はダイエットと健康管理のためにと万歩計を毎日腰に付けていた。

その日が終わると、その手帳にその日歩いた「歩数」、万歩計が歩数から導き出した「消費カロリー」、カロリー計算で出した「摂取カロリー」をその手帳に書き込むのが母の日課だった。

体重測定は決まって毎週日曜日の朝、それもきちんと記入してあった。

その手帳は見開き月ごとのカレンダーとなっており、一目で毎日の「歩数」「消費カロリー」「摂取カロリー」がわかるようになっていた。

そして、1番下の余白欄にはコメントやその月の出来事が記されていた。

手帳は1990年から始まり、母が亡くなった年の2003年まで書かれていた。

はじめはほんの好奇心のつもりで、その手帳を読み出した。

私が高校を卒業したこと、看護学校入学、戴帽式、卒業式・・・と事あるごとに彼女の手帳に記されている。

「J(私の兄の名)下血で入院」
「Kay、OOさんを連れてくる」
「Jから誕生日おめでとうTEL」
「KayからTEL、失恋したらしい。泣いていた。」

など・・・、ァ~~~あったね。。そんなこと!!

とうなずきながら、ページをめくる。

所々にある摂取カロリー欄にある「ムチャグイ」と言う記入。

食べ過ぎて、途中でカロリーカウントを諦めたのであろう・・・。

そんな記入が週1回は有るからちょっと笑えた。

ちなみに「ムチャノミ」と言う記入もあった。。。

さすが・・血は争えないね!

ある年には「Kay今週は帰らないとTEL。寿司ムチャグイ」と書いてあった。

年号から推測すると、看護学校で寮生活をしていた頃だ。

あの頃は週末は寮に「実家に帰る」と申請し、コンパに明け暮れていたっけ・・。(申請すると門限が関係なくなるから)

私のオーストラリア、ワーホリでの渡豪、帰国、父の胃がん手術、私のヨーロッパ旅行、兄の帰省、私の再就職、電話があった日、父のヘルニア手術、母の肺がん発症、母の肺がんの手術、退院、そして再発、抗がん剤開始、髪の毛が抜け始めた日、母が退院した日、私が退職した日、秋田へ戻ってきた日。。。。。全てのことが、その手帳には書かれていた。

2002年5月母の右肺に初めて癌が見つかった月。
「Tさん、友人と病室に来てくれる。なにがなんでもS子さんの言うこと、S藤さんの言うことを実行して生き抜いてみせる。生き抜く勇気がわく、Sちゃんありがとう。」

2002年12月4日
「KayとTEL。結婚もしたい。友人が次々とウェディング、刺激されている面もある。だが4年後にはオーストラリアに行きたいと、自分の目標をはっきり決めてから行動すべきだと話す。何考えてんだか?」

2003年2月
左肺に癌が見つかる。
3月入院
4月14日「去年の今頃はOP室に入っていた。夢も希望もあった。ことしは・・・。Kayがそばにいる。」
4月15日母退院

5月22日「Kay畑デビュー」
  24日「Kyaババヘラ帽子を買い、畑の石ひろい。娘を見直す。」
  29日「最近は頭がボー日々のかんかくがない きのうも今日もみな一緒。アカシヤの花の香りが窓辺に運ばれて来る。これは幸せ。」

6月8日「不用有用ほとんど区別分別終了。これでいいのだ。」
(母はもう着ないからと冬服を全部ダンボールに詰めてしまった。)
6月23日「栗の花のにおいがする。さて庭に何の花を植えよう。気ばかりあせるが何を植えてよいやらわからない。」
6月30日「Kayの作ったグラタンとてもおいしかった。手つきが良い。かまえも良い。」

7月1日「ムーンフェ-スで何キロも増えたように見えたのに1.5キロ体重が減っている。体がだるい。ヤバイ」

これが最後のコメントだった。

7月20日母永眠。

いろいろなことを思い出し、途中から涙が止まらなくなって、声を出してオイオイと泣いてしまった。

こんなに泣いたのは母が亡くなった時以来だ。

こんなことを母が感じていたなんて知らなかった。

こんなにも私は愛されていたんだ。

こんなにも母はみんなの事をいつも気にかけ、愛していたんだ。

そんなこと今まで知らなかった。

ますます母のことが好きになった。

そして、ますます母のことが恋しくなった。

お母さん、私、頑張るよ。

将来、貴女の様な強くて繊細で、やさしくて思いやりのある母親になれるように。

これからも、父、兄のこと、親戚のこと、私のこと、そして私の新しい家族のこと、天国から見守っていてください。

けい

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コメント

良いお話を書いてくださってありがとうございます。
こうやってお母さんの想い出が形として残ってるって素晴らしい事ですよね。
失われてく物は沢山あるかもしれないですが、こうやって残っていく物もあるのですから、それを糧にして自分の道を思い出と共に歩んでいけると良いですね。
私は逆に母との思い出はほとんどなく、もちろん形見と呼べるものも皆無と言っていいですが、写真を携帯に取り込んで持ってきています。
母との思い出はほとんどないけれども、それでもこうやって生きているのは母が必死になって私を産んでくれたおかげなので、その自分を大事にして生きていく事が大切な事なんだろうなと思ってます。
そして私も子供を授かったら、自分の命を犠牲にしてでもその子を愛し守れるような強い母になりたいものだと思います。
お互い自分の母のようになれると良いですね(*^_^*)

投稿: Dora | 2008年7月28日 (月) 09時51分

思わず、もらい泣きです・・・。

素敵なお母さまですね!

投稿: H i | 2008年7月28日 (月) 22時14分

<Doraさん>
コメントありがとうございます。
母との大切な思い出、母が私に残してくれたものは沢山あるんだなと改めて実感しました。
Doraさんもお母様がこの世に生み出した最高傑作ですから!その優しい気持ちも、人を思いやる気持ちも、愛する気持ちも大切に、そして、それをこれから生まれてくる子供にも受け継いでもらえたらと思います。
目指すは世界最強の母ですよ!!
けい

投稿: Kay | 2008年7月29日 (火) 14時34分

<Hiさん>
コメントありがとうございます。
私もこの記事を書きながら泣きました。
自慢の母です(笑)
けい

投稿: Kay | 2008年7月29日 (火) 14時35分

もうパースでくつろいでる?
楽しかったわ~ドライブ。
タダオさんの話笑った!素手で岩魚をつかめるのってすごいと思うわ。ぜひお会いしたいものですwww
また遊ぼうね!

おそらく私はあなたの涙が枯れてしまった頃に出会ったんだろうね。まだコミセンに来てまもない頃、誰かが「meikoさん2号っていうか、とにかく元気なコ」ってあなたのことを言ってて実際会って笑ってしまった。自分の10年前にそっくりだったもの。何かシンパシーを感じたんだろうね。

しんさんがよく言うんだ。「彼女はこっちに来るたびに私たち英会話メンバーやら米内沢病院の人たちが集まってくれていいね~。人徳だろうな」って。それってすばらしいことじゃないですか! また皆にたくさんの幸せを持ってきてね。


投稿: meiko | 2008年7月31日 (木) 20時25分

<Meikoさん>
コメントありがとうございます!
返事が遅れてしまってごめんなさいね。
無事にパースに戻りました。
戻ったのはいいのだけれど、それからずっとインターネットがつながらずに、今日、今やっとようやくつながりました!
在日中は大変お世話になりました。
今度はP助も連れて行くので、よろしくお願いします。
いつもみんなに集まってもらって、本当にありがたいです。
来年の4月パースで待ってますからね!
けい

投稿: Kay | 2008年8月 6日 (水) 17時34分

Kayさんお久しぶりです!毎回ブログ楽しみに読ませてもらってます。なかなかコメントが書けなくてゴメンナサイ。
今回のブログを読んでハピも泣いちゃいました。素敵な文書をありがとう!特に「ことしは・・・。Kayがそばにいる。」の部分。お母様にとってkayさんの存在が大きな心の支えになっていたのが伝わってきました。
最近ハピの父が病気を繰り返してるし、父のことを心配してる母を思うと、このまますぐ帰って家族の元に居て支えたいと思う反面、このままオーストラリアに残ってもう少し勉強しようか、と考えたり答が出ませんね。

投稿: ハピ | 2008年8月 7日 (木) 15時08分

<ハピさん>
コメントありがとうございます。
お久しぶりです!
お元気でしたか?
更新がスローペースな私です。
ハピサンのお父様は大丈夫ですか?
親元から離れて、特に海外で暮らすということは親に何かがあった時にすぐに駆けつけて上げられなくて、本当につらいですよね。
わかります。私も今回日本に帰国して父が年々年老いていくことを目の当たりにしました。まだまだ父は元気ですが、人生何があるかわりませんからね。
お父様のこともお母様のことも心配な気持ちもよくわかります。
今は電話もメールもあるのでなるべくコンタクトをまめにとって、支えてあげてくださいね。
けい

投稿: Kay | 2008年8月 7日 (木) 15時56分

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