« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »

2008年8月

2008年8月28日 (木)

CNまでの道?

この一週間、クリニカルナース(CN)ポジション申し込むためのペーパーワーク(Selection Criteria)と向き合ってました。

そして今朝インターネットで申し込み完了!!!

とりあえず、ほっと一息です。

最初はどう書いていいか見当もつかず、PCに向かってみるものの、まったく動かない指。

ネットで見つけたSelection Criteriaの書き方やインタビュースキルの本などを参考に、まずはブレインストーミングから始めてみた。

ブレインストーミングとは 各Criterion(基準)について、思い当たることを何でもいいから紙に書いてみると言う作業。

例えば、『高度な看護技術』と言うCriterionがあるとすれば、

救命救急、薬、CVCライン、PICCライン、静脈注射、心電図、CPR、傷の処置、看護知識、輸液管理、モニター、バイタルサイン、看護診断、ストーマ管理、栄養管理、呼吸器管理、気道切開の管理、シリンジポンプ管理。。。。Etc

などと、とにかくなんでも頭に浮かんだことを書いていく。

これがブレインストーミング。

ある意味連想ゲームみたいなものだね。

すごくかけ離れていてもかまわないから、とにかく書く、そしてその後適当なものをチョイスしてつなげて行くという作業。

ブレインストーミングしているうちに、現CNのリリア(仮名)から彼女がアプライした時に使用したSelection Criteriaのコピーをもらうことができた。

これで、どういうふうに書けばいいかがわかる!

 リリアに感謝!!

   コピーを読んでみて高度な英語力にがっくり。。。

           ・・・・こんなものを私に書けと言うのか??

なにせ、アカデミック英語から離れて久しい私、普段の英語でも危ういのに・・・。

自分の英語力のなさに再び、いや、三度 撃沈・・・・・。

TVで『フレンズ』を見て大うけしているP助の元に泣き崩れた。

   こ、こんなもの、かけないよ。

P助は散々、これでもか!と言うぐらい私を励まし、一緒にPCの前に座ってSelection Criteriaを考えてくれた。

準夜勤が終わった後も、毎晩夜遅くまでPCと向き合い。

私の英語力にP助も時には泣き笑い、苦労して仕上げた。

結果はどう出るかわからないけど、うまく行けばインタビューまでこぎつけるかも?

さて、これからインタビューに向けて対策を練らなければ。。。

だって、ペーパーワークなら時間もあるし、助けも得られるけど、インタビューとなると自分だけの力で挑むことになる。

問題は英語力と自分を売り込む能力。

  勉強しよう・・・。

CNまでの道はまだまだ続く。

  けい

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月19日 (火)

ステップアップのチャンス?

それは、私の病棟にクリニカルコーチとして勤務しているPさんの一言がきっかけだった。

   「クリニカルナース(CN)のポジションに申し込んでみない?」

クリニカルナースとは日本で言うと、う~~ん、なんだろう?

しいて言えば主任、副主任クラス?

と言っても、病棟にはCNレベルの人はごろごろいるんだけどね。

もちろん、リーダー業務(シフトコーディネーター:S/C)やプリセプター業務やいろんな責任もついてくるんだけど、給料もいいんですよ!!

私の今の年収と比べると70万円以上はUPするし、もちろん時給もUP!

なれるもんならなってみたい、CN。

でも、自分がなれるなんて自信なんてどこ探してもみつからない。

 「大丈夫!あなたならできるわ。私もヘルプするから。」

とPさんにしこたま背中を押され、挑戦してみることにした。

申し込むにはそれなりのペーパーワークが必要だし、ペーパーワークの後には面接もある。

面接のことは後で考えるとして、まずはペーパーワークに取り掛からなければならない。

普通の就職活動同様、カバーレター、レジメ(履歴書)、その他に「Selection Criteria」が必要になってくる。

カバーレター、レジメは前に使ったものをUPデートすればいいけど、この「Selection Criteria」が問題。。。

こんなの書いたこともないよ。

早速ネットでリサーチ開始。

簡単に言うと、このポジションが求めている基準をどれだけ自分が満たしているかと言う事を自分の経験や例や資格などを武器に売り込むものらしい。

この基準がポジションや雇用者によって違ってくるのだ。

例えば、医療事務のポジションなら「口頭や筆頭でのコミュニケーションスキル」「ファイルやカルテを整理するスキル」などが求められる。

私が今度申し込むCNポジションでは、「このポジションに値するような経験」「アドバンススキル」「問題解決力」「コミュニケーション能力」「リーダーシップ能力」「チームワーク」などなどあわせて7つのCriteria(基準)が求められていた。

   ??これをどうやって、証明すればいいの??

普段、そんなこと意識しないで仕事しているから、例を挙げろといわれても・・・。

どうやったら、自分に「問題解決能力がある」と証明できるのだろう?

このCriteriaを見ているだけで目の前が暗くなり、ますます自信消失。

Pさんや旦那P助が「あるわよ!ほら、いつだっけ?あの時も~~だったじゃない!」

と例を挙げてくれると、「あ、そういえばそうだった」とちょっと自信回復するんだけど、それを文章に起こすのが問題なんですよ!!

そして、「できる!できる!」と言っていてもそれを裏つける『証拠』が必要になってくる。

例えば『私はこのコースを受けた』『この資格を持っている』という証明は『受けていない人』『持っていない人』よりも、裏づけがあるし文章も説得力を持つ。

   私は何を持っているのだろう?

   私は何をもって証明ができるのだろう?

振り返ると何もないことに気がつく。

        また自信消失・・・・。

この繰り返し、上がったり、下がったり、できそうな気がしたり、できるわけないじゃない!とやけくそになって投げ出しそうになったり。

でも、これは自分に与えられたステップアップのチャンスだ。

もし、今回ポジションが取れなくても、次の時はどうすればいいかがわかるし、自分に何が足りないかを認識できる。

それを目標にいろいろなコースや勉強会にも参加して次はうまくやれるだろう。

今は自分のできる限りのことを全力を尽くして取り組んで、このチャンスにチャレンジしてみようと思う。

この機会を与えてくれたPさんにとても感謝している。

私ができると信じてくれているPさんやP助や他のスタッフの期待に私は逃げないでちゃんと向き合おうと思う。

応援してください。

けい

| | コメント (6) | トラックバック (2)

2008年8月17日 (日)

怒涛の週末?

くったくたに疲れてます。

2日のOffの後土曜日の午後勤務がスタート。

出勤してみると、CNのエディーが病欠で私がシフトコーディネーター(S/C)になっていた。

    ぅわ。。。休み明けでいきなりS/Cはつらいな~。

でも、土曜だし、午前勤務のCNが入退院の手続きも全部終えているようだし、患者さんも落ち着いているようだから、大丈夫かな?

なんて、油断した私が馬鹿だった。

それは突然の電話で病棟が激変したのだ。

「あ、あなたがS/C?あなた本当にラッキーね~!!」となんだか、怪しげな勧誘電話のようなのりで始まった電話。

ED(救急救命病棟)が患者であふれかえっているから、何とかして病棟に入院患者を引き取ってほしいとの電話だった。

  コード・イエロー発令(病院内での急変、この場合患者ではなく、停電や汚水があふれて水が使えないなどの緊急事態。今回はEDでの患者オーバーフロー)

そして、「助っ人のナースもよこすし、PCAもついでにつけるから、よろしくね!!」

と言われたので、拒否できない。

スタッフが足りているなら、あいている別途を開放しなければならない。。。

受け入れ患者は男女含めて6人。

1人はEDから、後の5人は他の病棟からだった。

受け入れ準備、患者さんのベット移動の他にも、今にもあの世に行きそうな患者さんが2人もいて、しかもそういう人に限って、「半フルコース(NFR:蘇生は行わない+For MET:急変時には積極的に治療してほしい)」。

ぃゃ、ちょっと復活は無理だと思うよ・・・・という状態の患者+患者の状態をまったくわかっていない、もしくは受け入れるのが難しい家族。

加えてかなりの高齢。

一人の患者は緩和ケアにするのか?しないのか?というギリギリのラインでこの週末を迎えてしまった。

無呼吸もあり、意識レベルも落ちてきたので、やむおえずコードブルー発令。

駆けつけてくれた、Drもナースも「これはもう緩和ケアの領域でしょ・・・。」と顔を見合わせる状態。

当直医が家族と連絡を取り、「ナチュラルコース(NFR+NO MET:急変しても積極的な治療はしない)」に切り替えた。

そんなことが起こっている間にも、患者はひっきりなしに他の病棟から搬送されてくる。

自分でも、何が起こっているのかさえも把握しきれない。

  ぁゎ、ぁわ、あわ、パニクる私。

とりあえず、患者の受け入れもすべて終わり、夜勤者への申し送りシートも仕上げ、夜勤者への申し送りも患者受け入れをしてくれたナースに手伝ってもらって、やっと勤務を終わらせることができた。

  日曜日はエディーが出勤してくることを願いながら帰宅。

その願いもむなしく、今朝もS/Cだった。。。

昨日の患者受け入れで残っている仕事を片付けなければならない。

患者が増えたせいでスタッフは確保できたけどやること沢山。。。

わからないことも沢山・・・・ていうか、山盛り。

AHCNS(当直婦長さんみたいなもの)にも手伝ってもらって、なんとか、朝の勤務を持ちこたえた。

やれることはやったけど、こんなんでいいのか?

と疑問も沢山。

お昼過ぎに私の病棟のCNS(クリニカルナーススペシャリスト)が顔を出してくれた。

「よくがんばったわね!」とほめて貰った。

Kay「大変でしたよ。わからないことが多くて。。。」

CNS「何がわからなかった?」

  なにがわからないのかさえもわかりませんでした・・・・。

CNS「もっと自信を持って。それともサポートがほしい?」

    !!??サポート??!!

「つけてもらえるなら、つけてくれると助かります。」と伝えて、ちょっと後悔した。

だって、そのサポートにつくのはどうやらクリニカルコーチのエイド(仮名)らしいから。

私、あの人の前だと緊張して動けなくなるんだよね。。。

ま、これも試練だと思ってがんばります。

とにかく終わってよかった。

ぁ、そうそう。

そういえば、明日も日勤でしかもS/Cでした。

がんばってきます。

けい

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年8月14日 (木)

名義変更

結婚して、三ヶ月が経とうとしています。

やっと、重い腰を上げて、手続きを始めました。

何の手続きかって?

     名義変更です。

結婚すると名前が変わるじゃないですか?

でも、国際結婚やここオーストラリアの場合、女性は姓変更せずに『夫婦別姓』なんてのも珍しくはないのです。

国際結婚した人でも日本姓を名乗っている人って結構いる。

そのわけがようやくわかった。

   !!面倒くさいんです!!

オーストラリアでの国際結婚の場合、日本領事館に結婚の届出を出した後、6ヶ月以内ならば『姓の変更』を受け付けてくれます。

その後になると姓を変えるのに『日本の家庭裁判所』での手続きが必要とか、何とかで、私は結婚の届出と一緒に『姓の変更』届けも出してしまったのです。

名義変更って、考えたら結構あるんだよね。

パスポート、運転免許証、銀行、職場、電気の明細書、電話の明細書、保険、看護協会登録・・・。

こんなに面倒くさい思いをみんなしているんだね。

頭が下がります。 

日本から帰ってきて、早速パスポートから名義変更。

日本領事館でもらった名義変更用紙記入はわけがわからなかったよ。。。

例えば、鈴木から田中に名義変更する場合は楽チン

だって、名義もフリガナもローマ字でできるからね。

例) 鈴木(スズキ:SUZUKI)→田中(タナカ:TANAKA)

私の旦那の名前にフリガナはつけられるけど、それをローマ字表記にするのがわからずに混乱。。。

例)鈴木(スズキ:SUZUKI)→SMITH(スミス:SUMISU

わかる??

SMITHはSMITHじゃん!!

どう考えてもSMITHはSUMISUにはならないよ!!

おかしいよ!!!

とぼやいても、お役所が『そう書かないと認めません』と言うんだからしょうがない。

「すいません。どうやってローマ字表記をするのかわからないので、教えてください。」と窓口で聞きながらようやく仕上げました。

早速名義変更してもらったパスポートを持って今度は運転免許センターへ。

運転免許証を名義変更してもらうため。

ここで新たな問題が浮上。

名義変更の際にサインの変更もしなくてはならなかった。

日本なら旦那さんの姓のハンコを買えばすむけど、こちらはサインが一般的。

   ぅ・・・・ 新しいサイン、考えてなかった。。。

しょうがないから、即席でカタカナとひらがなをまぜサインをする。

なんか小学生みたい。。。

旦那の苗字を漢字で当て字で当てはめてみた。

     緒有瑠豚

サインのたびにこれだけ漢字書くのも面倒くさいな。

何か新しいサインを考えなきゃ!

名義変更が完了するのはまだまだ先になりそうです。

  けい

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年8月12日 (火)

がんばる人たちへ

2年前に西オーストラリア看護協会の規定が変わり、IELTS7.0かOETのBランクを修めなければ看護登録ができなくなりました。

これは、英語を第二言語とする私たちにとって、『オーストラリアでナースになる』と言う壁の高さがさらに引き上げられたと言う感じで、

現にパースに看護留学する日本人ナースの数はこれを境にめっきりと減ったと風のうわさで聞いていました。

でも、時々「どうしてもオーストラリアでナースになりたい!」と夢に向かってがんばっている人からメールをもらうと、うれしく思うし、応援してあげたくなります。

だって、私も4,5年前はそんな中の一人だったから。

今ほどインターネットも盛んではなかったし、得られる情報もわずかで、日本にいる時は『本当にできるのだろうか?』『ナースになれるのだろうか?』と言う不安でいっぱいでした。

そんな不安と隣り合わせにいつもあった気持

     『私にはできる!』

根拠も何もない、ただ、自分はできると信じる気持ち。

留学生活が始まっても、いつも付きまとう「不安」に押しつぶされそうになる時も沢山ありました。

そんな時はいつだって、『大丈夫、私はできる!』と自分を励ました。

だって、私が今進もうとしている道の先にはもう夢を達成した人がいる。

その人たちと道のりは違うけど、あの人たちにできて私にできないはずはない。

できないとすれば、あの人たちと私は何が違うんだろう?

いつも考えた。

情熱だろうか? 勉強量だろうか? 勉強方法だろうか? 情報量だろうか? 

生活環境だろうか? 財力だろうか? サポートだろうか?

それとも 運だろうか?

それが見えれば、後はそのギャップを埋めるだけ。

いま、この国でナースとして働いている私とこの国でナースになろうとがんばっている人に違いなんてない。

私は特別でもなんでもない。

私にできることはあなたにできること。

がんばって!とは言いません、だって、あなたは今でも充分にがんばっているから。

だから、待ってますよ!

いつか、ここで、あなたに会えることを今から楽しみにしています。

けい

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月 7日 (木)

ただいまパース

そんなわけで、パースに到着してからず~~~~~と、インターネットが繋がらず、あちこちに電話かけて、機能ようやく復活しました。

ご無沙汰しております。

Kayです。

パース国際空港に迎えに来てくれた旦那P助、久々に見る顔はちょっと痩せこけていた。。。

再会の喜びとともに背中に突然のしかかる罪悪感・・・。

しばらくの抱擁の後、車に乗ってアパートへ帰る。

毎回感じることだが、久々に帰るアパートはやっぱりちょっとよそよそしい感じがする。

一生懸命がんばったのだろう、アパートはきれいに掃除機がかけられ、きちんとかたつけられていた。

部屋を見回すと、部屋のあちこちに私とP助の写真が飾られていた。

   お前はストーカーか??

と疑うぐらいに・・・。

『寂しくて、PCから二人の写真をプリントアウトして飾ったんだ。どこを見てもKayがいるように。。。』

・・・だから、お前はストーカーか???

さらにのしかかる罪悪感。。。

寂しい思いをさせてごめんね。

日本から抱えてきたお土産を自分の罪悪感をぬぐうようにP助に渡した。

こんなにも、私のことを待っていた人がここにいる。

やっぱり待っていてくれる人がいるって、うれしい。

『もう、絶対に、二度と一人ではどこへも行かせないよ!!』となんか嫉妬深い男みたいな発言をするP助。

そうだね、今度は二人で行こうね。

もう、一人ぼっちで置いてきぼりにしないからね。

私の腕の中で無邪気に微笑むP助を見て、自分が帰る場所を再確認できた。

さてさて、日本在住中にお世話になった皆様。

本当にありがとうございました。

毎度毎度勝手気ままなわがまま大王振りを大いに発揮させられたのも、みんなの大きな、暖かいそして深いふか~~~~い懐のおかげです。

この場を借りて、お礼申し上げます。

ありがとうございました。

P.S。今後はP助ともどもよろしくお願いします!

けい

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年7月 | トップページ | 2008年9月 »