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2009年7月

2009年7月31日 (金)

ラズベリーリーフティー

助産師さんに、ラズベリーリーフティーを飲むとお産が軽くなると進められて、早速買ってきました。

Jpns_party_010

子宮を収縮する作用があるので、オーストラリアでは妊娠36週以降に飲むようにと進められているが、イングランド(英国)では32週あたりから飲むように進めているとの事。

初産婦の場合はたいていが出産予定日より遅くなるので、早めに飲むように進められた。

鉄分、カルシウム、ビタミンC、そしてミネラルも含まれていて1日3~4杯飲むようにと進められた。

早速買ってきて、飲んでみた。

ラズベリーと言うから甘い香りを想像していたが、なんだか漢方を薄めたような匂い。。。

味は独特ではなくて、飲みやすいって言えば飲みやすいかも?

果たして効果はあるのかしら?

楽しみです。

けい

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2009年7月29日 (水)

お仕事最後の日、そして産休へ! 

先週の日曜日が私にとって最後のシフトとなりました。

うちの病棟では最後のシフトの日は1品持ち寄りで、ちょっとした『さよならパーチー』を午後の休憩時間(アフタヌーンティー)に開いてくれます。

私は産休に入るとあって、『ベビーシャワー(臨月のお祝い)』を開いてくれました。

Baby_shower_002 みんなが持ってきてくれた、から揚げやピラフ、カップケーキ、ロールケーキ、ソーセージロールがテーブルの上に所狭しと並びます。

ハンドオーバールームは良いにおいでいっぱい!

日曜日の午後とあって、病棟も比較的落ち着いていて、ゆっくりと休憩を取る事ができました。

Baby_shower_003 マタニティー用の制服を着ている私のお腹もこんなに大きくなりました!

ちなみに、うちの病棟では出産ラッシュが続いているので(私で3人目、そして私の後にもう一人妊娠13週のスタッフがいます)この赤い椅子に座ると妊娠すると言ううわさが流れているとかいないとか・・・?

Baby_shower_004 みんなから、バスケットいっぱいのプレゼントをいただきました!

私の後ろではもう、みんなが食べ物に集中!

私の分も残して置いてください!

Baby_shower_006 バスケットには、24時間使えるスチーム哺乳瓶消毒機、スペアの哺乳瓶、ベビー服、帽子、靴下、ベビーブランケット、バスタオル、ベビークリーム、ベビーオイル、おもちゃ、よだれ前掛け、などなどが入ってました。

みんなどれもこれもピンクで女の子らしくてかわいいものばかり!

『これで生まれてみたら男の子だったら笑うよね!』とスタッフの一人がぽろっと言った。。。

本当にありがとう!

パーティーの後で一人のグラッド(新人ナース)からプレゼントをもらった。

「これは、赤ちゃんとあなたに、私が初めての勤務で一緒に働いたのがKayだったの。その日はすごくすごく緊張していて、働くのがすごく怖かったけど、Kayと一緒に働いていたらそんな緊張もどこかに吹き飛んでしまって、楽しく仕事が出来たのを感謝してます。」と言われた。

    ぁ、私馬鹿なことばっかやってたからね。

私はその子のプリセプターでもなんでもなかったけど、こうやって、自分が誰かの役に立てた事をうれしく思う。

病棟では一人前に動けず、いつも体位交換やおむつ交換などを手伝ってもらい、ヘビーな患者、不穏患者や感染患者を受け持つことなく、沢山のサポートをもらいました。

34週までフルタイムで何事もなく働けたのもみんなのおかげです。

本当にありがとう。

元気で丈夫な赤ちゃんを産みますね!

病棟をしばらく離れるのは寂しいけど、また病棟のみんなと働ける事を楽しみにしています。

けい

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2009年7月24日 (金)

タバコと義理の母と孫

今週の母親教室での話題の一つに『タバコ』があった。

妊娠中にタバコを吸う事はもちろん、自分が吸わなくても旦那や周りの家族が同じ部屋で吸っていても、母体、胎児や赤ちゃんに健康上悪影響を与える事は広く知られている。

私は6年前にタバコをやめた。

それ以来、やめた5ヶ月後に一本吸って気持ち悪くなったきり、きっぱりとやめたし、吸いたいとも思わない。

旦那P助は私と付き合い始めた当時は吸っていたが、だんだんと数を減らし、禁煙してからもう2年がたとうとしている。

同じ母親教室に参加していたオージーのお母さんは、妊娠してからタバコを吸いたいと思わなくなり、妊娠初期にやめてそれ以来吸っていないと話していた。

彼女の旦那さんは禁煙できずにいるが、ベランダや外で吸ったりして、タバコの煙が部屋に入らないようにかなり気を使っているとか。

それを踏まえ、そのカップルから助産師さんに質問が出た。

『部屋の中はもちろん、車の中も禁煙にしているが、それ以外に赤ちゃんが生まれてから気をつけることがあるか?』

助産師さんは『タバコを吸ったら、赤ちゃんを触る前に必ず手を洗う事』

  これは常識。

それと、『出来れば、服も着替えたほうが良い』とのこと。

タバコの煙が服にも付いているから、その服で赤ちゃんを抱いたら赤ちゃんも服からタバコを吸っている事になると説明してくれた。

  タバコを吸う為に服を着替える・・・。

ここで、ちょっと問題が・・・。

私達には問題はない、タバコを吸わないから。

タバコを吸う友達には、外で吸ってもらう事ができるし、タバコを吸った後には赤ちゃんを抱っこさせなければいいし、タバコを吸う人に赤ちゃんを預かってもらう事を頼まなければいい。

   問題はもっと身近な所にあった。。。

義理の母、Pママである。

        彼女はタバコを吸う。

さすがに私達の家では外に出て吸うが、この人が服まで着替えてタバコを吸う、もしくは赤ちゃんに触るとは思えない・・・。

今でも、Pママが私達の家に来るたびに、『家の中に靴を脱いで上がる』ということを面倒くさがるくらいだ。

ちゃんと脱ぐけどね。

彼女には妊娠中もタバコを吸いながら4人の子供を生み、病気もなく育て上げたと言う自信がある。

彼女にとって、タバコすって何が悪いの??と言う感じだ。

自分の親ならまだしも、私にとっては義理の母、とても言いづらい。。。

しかも、生まれてからも世話を見てくれると言うし、私の母はもうすでに他界しているので、近くに頼れる人がいるのはとても心強い。

  問題はタバコ・・・。

赤ちゃんが生まれてPママがどこまで協力してくれるか・・・?

今から見ものである。

けい

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2009年7月21日 (火)

やっと提出してきました

今日、やっとスパウス(配偶者)VISAの書類を提出してきました。

   ぇえ??!! 今更? 今まで何やってたの?

なんて激しい突込みが聞こえてきそうです。

   何やってたんでしょうね・・・。

病院のスポンサーでPRを取るよりもスパウスVISAのほうがなんだか簡単そうだからっ!なんて、じゃぁ、さっさと籍入れちゃいましょうか? なんて、結婚したのが2008年の5月。

その後も、日本から無犯罪証明書を取り寄せたり、銀行口座を一緒にしたり、健康診断も今年の初めに済ませたし、家も一緒に買ったり、そして妊娠しちゃったりと、徐々に準備は進み、もっと早くに申請できたのに、ここまで伸ばし伸ばしにいていたのは、ただ単に私が怠け者だからです。

日本から取り寄せた無犯罪証明書の有効期限が7月23日で切れるので、それを逃すともう一度日本から取り寄せるのに3ヶ月もかかってしまう・・・っっ そんな、もう待てません!

って事でようやく重い腰を上げたわけです。

昨日も夜12時30分までかかって、最終の書類のチェックや二人の写真をプリントアウトしたり・・・(もっと、早めにやっとこうよ!!)

ようやく出来上がった書類を持って今朝旦那と一緒にパースCITYにあるイミグレーションオフィスに行ったら、オフィスには『下記の場所に引っ越しました』って張り紙が・・・。

    知らなかった・・・。

        ちゃんと調べようよ・・・。

でも、最後にイミグレに行ったのなんて2年前だし、まさか引っ越しているなんて思わないじゃん!

気を取り直して、ウェストパースに移転したイミグレーションオフィスに行ってきました。

それほど、込んでいなくて、整理券をもらって待つこと10分。

すんなりとデスクに通されて、「スパウスVISAを申請しに来たんです。」と申し出ると、担当者のMさんは慣れた手つきで、私達の申請書に目を通し、パソコンになにやら打ち込んでいる間に「じゃぁ、今までのあなた達のいきさつをさっと話してくれるかしら?」と言った。

出会い、初デートから、結婚までのいきさつ、どうして結婚を決めたのか、結婚式には誰が参加したのか、二人の経済的な状況、将来はどうする予定か?など旦那と私で交互に話し、Mさんは書類の確認とパソコンを打ちながら、「ふんふん」と話を聞いていた。

大まかな話が終わると、パスポートのコピー、出生証明書、結婚証明書、二人の名義の銀行口座の証明書、二人の名前が入った生命保険、共同名義のローン返済証明書、共同名義の家の権利書、初デートのチケット、二人でで日本に行った時のチケット、カトリック教会のマリッジコースの受講証明書、医者からの妊娠しているという診断書、カトリック教会発行の結婚証明書、二人や家族、友達が一緒に移っている今までの写真、などなど、私達の関係を立証するすべての書類を一緒にチェックし、提出。

書類的にはフォーム80と私のオーストラリア警察発行の無犯罪証明書の原本(私はコピーを提出しようとしていた)が不足している事、それがそろえば問題ないと言われた。

ビザの発行を待っている間にメディケア(オーストラリアの国民健康保険みたいなもの)を申請できる手紙も受け取った。

これで、病院に健診にいっても医療費を払わなくても良い!

いつ緊急出産になっても大丈夫!

  良かった!

ここまでで、1時間ぐらい。

驚くぐらいすんなりとことが進んでよかった。

こんなことなら何で早くやっておかなかったんだろう?

いつビザが下りるかは個人によるが、担当者によると私の産休が明けるまでには下りるだろうと言う話。

これで、安心して産休に入れます!

やったね!

けい

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2009年7月20日 (月)

第一回日本人ナースの会 In Perthが開催されました!

ずっと前からお知らせしていた第一回日本人ナースの会 In Perthが先週の土曜日、7月18日に開催されました!

    会場は私の家!

開催は午後1時予定だったのですが、午後1時あたりからぼちぼちと人が集まり始め、本格的に始まったのが午後2時。

日勤が終わってから参加する人もいたり、お開きになったのは夜の11時でした。

皆さん遠い所をお疲れ様です。

今回の参加者は合計で31名。

パースでナースをされている方、
助産師として働いている方、
看護大学に行っている方、
英語の試験をパスするために勉強されている方、
コンバージョンコースの方、
コンバージョンコースに向けて英語を学習されている方、
TAFEで勉強なさっている方、
これからナースを目指そうかな~と言う方、
日本での経験がある方、
はたまた、日本での看護師としての経験がなく、一からこちらで勉強している方
と本当に色々な方が集まってくれました。

各自で持ち寄った飲み物、食べ物を片手にわいわいと話に花が咲きました!

Jpns_party_011 前半の部(1時から5時までにこられた方)

Jpns_party_012 後半の部(5時以降からお開きまで)

私だけ異様にでかくない?

探せばパースにもこれだけ日本人ナースがいるんですね!

今回、参加できなかった方もおられるので、パースにはもっともっと活躍されている日本人ナースがいるのですね!

他の病院の病棟の話や、就職状況や英語のテストのコンディションの話など、色々勉強になりました。

もちろん、仕事の話ばかりではなく、恋話などにも話が咲いたのはいうまでもありません。

皆さん、集まっていただいて本当にありがとうございました!

みんなもがんばっているのだから私もがんばらなければ!と沢山パワーをもらいました!!

今回参加できなかった方も、次回の参加をお待ちしておりますね!

私の都合で、今年中には開催できませんが、来年の前半には機会を持ちたいと思っています。

皆さんの次回の参加をお待ちしております!

最後に、本当にありがとうございました!

けい

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2009年7月15日 (水)

ムードスイング

妊婦になるとホルモンの影響で感情の起伏が激しくなって、「き~~っっ!!」っとなったり、「ど~~~ん・・・」落ち込んだりするらしい。

本やインターネットで『妊娠中よくある事』として目には留めていたが、これまで、ドド~~~ンと落ち込む事も、ドカッ~~~~ンと怒り爆発する事もなく、結構のほほんと妊婦生活を送ってきた。

 が、 そんな感情の波がとうとうこの私にも降りかかってきた!

先週の日曜日、仕事が終わって疲れていたこともあったけど、ちょっとした事でイライラしてしまう。

旦那の何気ない一言、何気ない行動にいちいち、カチ~~ンと来てしまう。

旦那もそんな私のピリピリした空気を感じて、よけいに気を使ってくれるんだけど、それが私のイライラに輪をかけるという悪循環。

こうなると、もう、自分でも気持ちが落ち着くのを待つしかない。

ほぉっておかれるのが一番なんだけど、ほおって置かれても、何でかまってくれないの?とあまのじゃくな事を思ってみたり。。。

   ぁ、これがうわさのホルモンのなせる業なのね!!

と、ホルモンのせいにして眠りに付く。

その夜はすごく変な夢を見た。

夢の中で仕事場で病棟のソーシャルワーカーがやってきて、私に言った。

『この間2人患者がなくなったけど、一人はあなたのせいだからね。あなたが殺したのよ!!』

すごくショックで、泣いてしまう夢。

夢から覚めると、声を上げて涙を流して泣いている私がいた。

夢の中で泣くことなんて初めてだし、実際に笑って起きた事はあっても、泣いて目が覚めることはなかった。

   これもホルモンのせいなのか?

助産師さんにこの話をしたら、

「そ~ね~。妊娠中は変な夢見やすいからね。」

と、あっさりと流されてしまった。

そんなものなのか。

次の日、旦那はチョコレートを買ってきてカードと一緒にくれた。

彼なりに気を使ってくれたのだろう。

自分で勝手にイライラしてごめんねとちょっと反省した。

けい 

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2009年7月14日 (火)

母親教室 2 ~ぇえ~!!食べちゃうの??編

  注意:文中にグロテスクな文があります。

気の弱い方は読むのをやめてくださいね。

今回で2回目になる母親教室、先週と同様、旦那P助と参加してきました。

今回は前回の予告どおり、出産のビデオを見ました。

ただ出産シーンを写しているだけでなく、お産のステージごとに、赤ちゃんはどのように移動するのか、お母さんの精神的状態、陣痛の状況なども踏まえ、わかりやすく説明されていて、とても面白かった。

その後は、陣痛を乗り切る姿勢と呼吸法の実践、P助は私の姿勢を支え、陣痛が軽くなるマッサージの練習。

助産婦さんが時計を見ながら、「はい、陣痛がやってきました!」と合図、そして、その体制をとり、助産婦さんの声かけに誘導され、腹式呼吸+旦那のマッサージ1分間。

「はい、陣痛が収まってきました。ここまでで大体1分間ね。」の合図で終了。

 こんな感じよ~! これが14~16時間繰り返されますからね~!!

と、助産婦さん・・・。

ぎょっとするような長さだ・・・。

お産の道のりって長いのね。。。

練習の後は痛み止めについての講習。

陣痛を和らげるために、モルヒネ、ペサディン、笑気ガス、そして腰椎麻酔(無痛分娩)を使用する事ができる。

その投与方法と副作用との説明があった。

私は出来るだけ自然分娩で臨む方針。

なぜなら、10年前に手術の為に腰椎麻酔をするのに、すごくかかりにくかったので、無痛分娩にはあまり望みを持っていないから。

ガスぐらいは使うかもしれないけど、様子を見ながら考えてみようと思う。

お産の話しをしている時に、助産師さんから衝撃名一言がでた。

赤ちゃんがお腹から出た後、胎盤が出て、お産が終わりになります。

助産師さん「ぁ、言い忘れてたけど、この胎盤はあなた(母親)の所有物なので、持って帰ってもいいわよ。まぁ、書類にサインしてくれれば、こちらで破棄しますけど。」

     え?持って帰ってどうするの?

助産師さん「ぅ~~ん。人によるけど、食べたり、ペットの餌にしたり。お守りに持ってる人もいるみたいよ。」

    た、食べるの??  どうやって?

助産師さん「そうね、だいたい生で食べるみたいよ。栄養価が高いからね。」

  そんな話聞いたことない・・・。

     どんな味がするんだろう?

助産師さん「さあね~。私も食べた事ないからわからないわ。」

     クラスにいた全員が首を振っていた・・・。

世界は広いから、いろんな人がいるんだろうね。

私もさすがに自分の胎盤を食べる気にはならないよ・・・。

けい

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2009年7月10日 (金)

母親教室

今週の月曜日から週1回2時間のPrenatal course、いわば母親教室が始まった。

第一回目は出産のステージ(段階)についてと、陣痛時に取ると楽な姿勢。

ステージについては
ステージ1が陣痛が始まって子宮口が4センチに開くまでの段階、

ステージ2は子宮口がもっと開き赤ちゃんが生まれるまでの段階、

ステージ3は赤ちゃんが生まれた後、胎盤が出てくるまでの段階。

こんなこと看護学校で習ったかどうか記憶にない。

はっきり覚えているのは「発露」(赤ちゃんの頭が産道から出てきてはっきり見える状態)

    そんなことどうでもいい?

陣痛が始まってもあわてずに、リラックスして最初の段階は陣痛から気をそらすこと。

すぐ病院に来ても、早い段階だと家に返される事もあるので、極力家でリラックスしてなさいと助産師さん。

お友達や家族を家に呼んだり、気分転換にお茶を飲みに言ってもいいのよ。

   だって。。。

私は陣痛が始まったら時計とにらめっこでペンで陣痛の感覚をメモするのだとばかり思っていた。

動き回る事によって、子宮口が広がるのを助けるので、腰を回すエクササイズを教えてもらった。

出産の体位もビデオを見せられ、色々あるのだと勉強になった。

私が十年前に習ったのは、あのテレビドラマでお決まりのシーン、そう、分娩台でう~~~んといきむやり方。

ビデオでは膝立ちになったり、スクワット状態(和式トイレで用を足すような状態)だったり、はたまた立ったままだったり・・・。

とにかく自分が楽な体勢がいいらしい。

お産は進歩しているのだと感心した。

お産時に赤ちゃんの背中がお母さんのお腹側だと、赤ちゃんの頭がとんがった後頭部から出てくる形になるので、お産も楽だと助産師さんが言っていた。

だから陣痛時によつんばえになったり、前かがみになるのは赤ちゃんお背中をお母さんのお腹側に移動させたりするためらしい。あと、背骨への圧迫による腰痛を避けるため。

昔の人は雑巾を使って床掃除をしたり、してたので、赤ちゃんがお腹側に移動しやすかったんだね。

だから、よく母から聞かされていた話で「妊娠中にトイレ掃除をするとかわいい子が生まれる」と言うのはお産を軽くするためと考えてもいいかもしれない。

昔の人はテクノロジーがなくてもちゃんと知っていたんだね。

来週はいよいよお産の瞬間のビデオを見るらしい。

ちょっとドキドキです。

けい

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2009年7月 7日 (火)

日曜日の電話

日曜日は病棟のクラークさん(医療秘書)がお休みでいないので、電話番をすることもシフトコーディネーターの仕事の一つになります。

もともと、電話は苦手で、しかも英語で何言っているのかさっぱりわからないので、病棟内の電話には極力出ないようにしていました。

新人の頃はそれでもOKでしたが、病棟で2年以上も働いているとなると、電話には出ないわけにも行かず・・・英語での会話も慣れましたけど。。。

それでも、やっぱり嫌なのが日曜日の電話。

しかも、退院した患者さんや患者さんの家族からの電話です。

患者さんや家族にとっては、2日前に退院したとか、つい最近まで入院していたOOですけどと簡単に言うけど、患者の出入りが激しい病棟、しかもシフトワークでずっと同じ患者を受け持つわけでもないので、こちら側にとっては「え?どちら様ですか?」と言う事も珍しくはない。

その上、「母が吐き気を訴えてまして。」「退院してからどうもせきが止まらないんだけど。」「祖母の様子が変なんです。」と言われましても、私何も出来ないですから!!

一番ひどかったケースは、急性腎不全、肺炎、気管支炎で入院してきた東ヨーロッパ系の60代の男性Mr.A。

前にMrAの奥さんが長い事うちの病棟に入院していたので、彼とは顔見知りだった。

顔見知り?をいいことに彼は好き放題、肺炎、気管支炎なのに外にタバコを吸いに行くは、点滴の時間になっても帰ってこないし、咳止めがほしいと訴えるので、時間外Drに連絡を取り指示を出してもらうように頼んだら、Drが診察に来ても患者はベットにいないし、それでもらい損ねた薬の事を後になってブーブー言ったり。

挙句の果てには、「今日は私の国の正月に当たるら、外泊したい。明日には帰ってくるから。」と言い出した。 Aさんはベッド上安静が必要だし、かなり深刻な状態名事もぜんぜんわかっていない様子。

時間外Drがきて『外泊は許可できない』こと、体の状態も良くない事などを説明したが結局その日に自己退院した。

その2日後、病院はパブリックホリデーにあたり、病院はお休みだが、病棟は24時間営業だ。

MrAから病棟に電話がかかってきた。

MrA「2日前に退院したAだけど、昨日から咳がひどくて、今朝は痰に血が混じってたんだ。先生はいるかね?」

Kay「今日は祝日なので先生はお休みだし、それに、Aさんはもう退院しているので、対処する事ができません。」

MrA「GPも休みだし。誰か先生を家までよこしてくれないか?」

  ??はっぁ~~??

あきれて物が言えなかった。

Kay「先ほども言ったとおり先生はいないんですよ、ですから、もし緊急の場合は急患受付に来てください。」

と、言った後も、MrAは引き下がらず、どれだけ自分の状態が悪いのか説明し始め、先生を頼むと何度も言われた。

  けど、出来ませんから!!

その後、MrAが急患受付に来たかどうか誰も知らない。

こんな電話もあった。

大腸がんの末期と診断された60代の男性Bさん、告知もされており、余生は家で過ごしたいと在宅に切り替え退院となった。

その甥っ子さんからの電話。

甥っ子「今叔父とショッピングセンターに来ているんだけど、叔父の具合が悪くて、少し吐いたし、便も朝から黒かったりしているんだ。救急に連れて行くべきか?それとも様子を見たほうがいいのか?アドバイスが聞きたくて。」

いやぁ、そんなこと聞かれても、具合が悪いなら救急につれてくるべきだと言うしかできないし。

甥っ子「叔父の病気が末期だって事も知っているだろ?救急に連れて行ってもこれ以上やることがないのに叔父の残された大事な時間を病院でつぶしていいものなのかどうか。。。」

在宅看護のチームも明後日から始まるので、面識もないし、どうしていいかわからなくて、病棟に電話したという。

電話じゃBさんの状態もわからない。

残された時間も何も、このままBさんが苦しい状態なら家にいても状態は回復するわけがない。

Bさんがなんとしても家にいたいというなら別だが・・・。

Bさんが入院中からメンタル面でもよく話を聞いて係わっていたクリニカルコーチのPさんがいたので、助けを求めた。

Pさんは甥っ子さんの話を聞き、救急に来るようにアドバイスをしてくれた。

病状の相談の他にもこんな相談もあった。

電話をかけてきたのはお嫁さん、MrsHが木曜日に家に退院になったが、家族で相談した結果、お嫁さんがMrsHの面倒を見ることになっていた。

MrsHは旦那さんのMrHと二人暮らし、お嫁さんは近くに住んでいて、通いでお世話をすることになった。

  が・・・、退院してから義父(MrH)の様子がおかしい。

私(お嫁さん)がMrsHのお世話をすることをかたくなに拒否されたと言う、MrHはMrsHの病院の検査の為に前の夜から絶食になる事も忘れていたし、MrsHは柔らかい物しか食べられないのに、トーストを食べさせたりしたり、注意すると、すごく怒って、あわゆく殴られそうになったと。
今では家にも入れてもらえないし、私の顔を見ると怒り出す始末。
今までこんなことはなかったらしい。
MrsHは認知症で自分では自己管理が難しい。
家の中で何が起こっているのかもわからないし、倒れて怪我でもされたらと心配で、どうしたらいいかと助けを求めてきた。

当然のことながら、私には何もすることが出来ない。

話を聞いていると、尿路感染症か何かで錯乱しているような感じも受ける。

Kay「他に頼りに出来る家族はいますか?」

旦那(MrHの息子)は仕事で、バンバリーにいるとのこと、この話を聞いて今、パースに向かっているとの事だった。

まずは息子さんからMrHに話しをしてもらって、その上で、MrsHとMrHを救急につれてきて、診察を受けたほうがいいと進めた。

お嫁さんは「私の顔を見ると興奮するので、私は一緒に行けないので、今まで話したことを救急の看護師さんに連絡してほしい。」と訴えた。

私はその現場にもいないし、状況も詳しくわからない上で救急の看護師さんに話しをしても、かえって事を混乱させる事だ。

それに救急の誰が受け持ちになるかなんて誰にもわからない。

旦那さんが来たら、今まで起こったことをすべて話して、旦那さんに救急車を呼んでもらい、旦那さんも一緒に病院まで同行し、受け持ちの看護師さんまたは医療従事者に起こったことを報告すればいい。 とアドバイス。

お嫁さん「でも、義父がそれを聞いたら怒り出すわ。 義父の前ではその話しをしてほしくないの」

Kay「大丈夫ですよ。スタッフを離れた所に呼んで、話をすればいい。救急にはセキュリティーもいるし、もし、MrHさんが混乱しているような感じであれば、それはスタッフにもわかるはず。まずはMrsHとMrHの安全を確保しましょう。」

お嫁さんは納得して受話器を置いた。

15分20分おきに、ご丁寧にお嫁さんからの状況報告が私に入った。

MrsHはその後私の病棟に再入院してきて、無事に検査を追え退院していった。

  日曜日の電話。

時には人生相談的な電話もかかってくる病棟。

  でも、患者さんが退院した以上、私達には何も出来ませんから!!

そこんとこよろしく。

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