昔の男~思いでほろほろ編4(完結編)~
自分がこんなにも諦めが悪い女だとは思ってもみなかった。
デートの1日目で彼との距離はもう修復不可能なほどにまで遠くに行ってしまっている事を全身全霊で感じていたはずなのに。
それでもまだ、心のどこかに『もしかしたら・・・』という希望を諦めきれずにいた。
デートから自分の寮に帰って明日のデートの作戦を練る。
2,3日目のデートは1泊二日で箱根へツーリングの予定だった。
大丈夫!
明日こそ。
丸1日一緒にいれば、彼も私の良さに気がついてくれるはず!
そして・・・また元通りになれる。
きっと。。。
受話器を取って横浜にいる母に電話した。
「ぁ、お母さん。箱根のガイドブック持ってたよね?今から借りに行ってもいい?」
母「いいけど、誰と行くの?」
鋭い母。
Kay「Nさん。」
母「あんた、Nさんとは別れたんじゃなかったの?」
Kay「そうなんだけど、でも、私は別れたくないの。彼に戻ってきてほしいの。」
涙が受話器の横を伝って私の腿へと滴り落ちた。
母はきっぱりとした声で言った。
「今すぐ彼に電話して断りなさい。」
「いやだ。今でも好きなの。諦めきれないの。」ダダをこねる私。
「今あなたが彼に電話をかけて明日のデートを断ったら、彼はどれだけほっとするだろうね?」
「・・・・・。」
母は受話器の向こうで泣きじゃくる私を諭すように続けた。
「自律神経失調症になるほどの繊細な人でしょう?あなたがどれだけ彼に負担をかけているかがわからないの?」
私はこの言葉にはっとした。
彼の気持ちなんて考えた事もなかったから。
そっか、私は彼に負担をかけていたんだ。
私のわがままをも無理して聞いてくれていたんだ。
彼は優しいから。
そう、優しいから、好きになった。
そんな彼に甘えていたんだ。
「断りなさい。 あんたはそんなにプライドのない女なの?」
母の事一言が私をかえた。
母との電話を切った後、私はNさんに電話をかけた。
「明日のデートもあさってのデートも行かない。」
「どうしたの?急に。」
突然の私の気の変わりように、彼もびっくりしたみたいだが、その言葉の端にちょっとほっとした気持ちが見えたような気がした。
「ちゃんと話をしたいの。これから家に行ってもいい?」
「いいよ。」
私は腹をくくっていた。
もう逃げない。
ちゃんと前を向いて歩き出すために。
バイクで彼の家に向かう途中、コンビニで缶チュウハイを5本買った。
彼の家について、彼と向かい合って畳の上に座ったとたん、私は買ってきた缶チュウハイを1本空けた。
彼は「いい」と言って飲まなかった。
缶チュウハイの2本目を空けて、ようやく私は口をあけた。
「私達、もう元に戻らないの?」
「もう、戻らない。」
彼は静かにゆっくりと答えた。
私は彼の家を飛び出してからずっとずっと聞きたかったことを聞いた。
「どうして?何でだめになっちゃったの?私達。」
彼は黙ってタバコに火をつけた。
「他に好きな子ができたの?」
「元彼女とよりが戻ったの?」
「私のどこがいけなかったの?」
彼はどの質問にも首を横に振った。
そして、タバコを大きく吸い込み、深いため息に混じったタバコの煙を吐き出すと私に答えた。
「いつの間にかKayを妹にしか見えなくなっていたんだ。」
私は3本目の缶チュウハイに手を伸ばした。
のどの奥が熱くて、焼け石を飲み込んだように痛かった。
なんて言っていいかわからなかった。
妹・・・そんなふうに思っていたんだ。
彼を責めたくないから、涙を一生懸命堪えていたけど、私の意思に反して涙は後から後からほほを伝って落ちた。
「もう戻れないの?」
ティッシュで鼻水と一緒に涙をぬぐう。
「もどらない。」
彼は本気だ。
もう、戻れないんだね。
私の中で何かが吹っ切れた。
今度は私の気持ちを話す番だ。
「もう私はあなたと終わったから、こんな事言える義理でもないんだけど。どうしても言いたい事があるの。」
私は続けた。
「あなたは優しい人なの。でも、その優しさでいろんな人を傷つけているの。
まずはあなたの奥さん。
もう2年以上も別居して戻る気もないんだろうけど、奥さんのほうはどうかしら?
たぶんあなたの事を待っているのだと思う。
でなきゃ、マンションを買うローンを組むときにあなたに名義を貸してくれと言うかしら?
私があなたと暮らしていて、いつも元彼女が私の頭の片隅に存在したように、元彼女の頭にも奥さんの影は絶対にあったはず。
社内恋愛、しかも不倫だとしたら、公にはできないしね。
彼女もきっとあなたの離婚を心のどこかで望んでいたんだと思う。
だって、私もそうだったから。
紙切れ一枚の事だけど、扶養手当がどうのこうの言うのなら、私がその扶養手当をあなたに払うから離婚してほしいと考えたときもあったもの。
奥さんという存在はそれほどにも大きいもの。
すごくむちゃくちゃを言っている事も自分でわかっている。
これからあなたが他の女性と知り合って、交際しても私には関係ない。
でも、その女性をまた私と同じような気持ちにさせるようなら、
私は絶対に絶対にあなたを許さないから。」
言いたいこと言ったら、すっきりした。
本格的な夏はすぐそこまで来ていた。
私は8月のお盆の後、傷心旅行へ一人でバイクで秋田へ行った。
秋田には私の叔母も祖母もいたし、彼が小さい頃に育った町もあったから。
きれいな空気と深い緑に覆われた山道を駆け抜ける。
一ヶ月前に彼は夏休みで、秋田に帰ると言ってたけど、2週間前、彼も同じ道をバイクで走ったのかしら?
もう、同じ景色を見ることはできないね、
彼と私はもう違う道を歩き始めているのだから。
私も前に進む勇気がわいてきた。
いつか、あなたにまた会える日が来るとしたら、その時はもっともっといい女になっていたい。
毎年、柔らかな日差しに包まれるこの季節になると、思い出す。
一緒に歩いた駒沢公園の桜のにおいも。
経堂の繁華街の雨が降る前のにおいも。
元気ですか?
あなたはまだ私の心の中にいます。
あの頃の無邪気だった私と一緒に。
けい
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