Kayの愉快な仲間たち

2008年6月22日 (日)

Fちゃんのお引越し

私の友人Fちゃんが彼氏と共同で家を買った。

一昨日、引越し前パーティーがFちゃんのアパートで開かれたので、行ってきた。

Fちゃんがこのアパートを見つけたのは大学が始まる前だったから、もう2年以上も前の事になる。

私も同じ時期に一人暮らしのアパートを探していたので、もちろんこのアパートにも応募し、二人とも抽選にはもれたがFちゃんは持ち前の行動力で抽選ではずれた隣の部屋をGetする事ができた。

今とは比べ物にならないくらいぼろくて最小限の物しかなかったFちゃんのアパート部屋、この部屋でいろいろなことがあったね。

アサイメントのアイディアを出し合ったり、
ケーススタディーを一緒にやったり、
ご飯を一緒に作って食べたり、
大学の休み時間昼寝しに帰ったり、
ファイナルエクザムの勉強をしたり、
一緒に飲んだり、
セックス アンド シティーのDVDの上映会をしたり、
恋の悩みを打明けあって飲み明かしたり、
失恋で痛んだ心を慰めあって飲み明かしたり、
壁のペンキ塗りしたり、
近所に捨ててあったタンスを一緒に運んだり、
冬は隙間風が冷たくて、
夏は西日がきつくて、
玄関から道路に延びている端みたいな渡り廊下は今にも崩れそうだったけど、

なぜか居心地が良くて、心温まる空間でした。

どんな立派な新築の家にも劣らない、私達にとってはまさに、あの当時必要としていた自分の時間と自分の空間を確保できる唯一のお城だった。

沢山の人に助けられ、時には一人で闘った事もあるでしょう。

一人ぼっちのアパートで泣き疲れて夜を明かしたこともあったでしょう。

日本に帰りたいと思った事もあったでしょう。

でも、ここが自分のいる場所だと思い留めさせたのもこのアパートでしょう。

だって、ここはいろいろな辛い事や苦しい事、嬉しい事も楽しい事も全てをひっくるめた荒波を乗り越えてきた場所だから。

Fちゃんのアパートは売りに出されて、いずれは取り壊されて新しいアパートが建つのだろう。

Fちゃんの今度の家は彼氏と見つけた愛の巣になる。

もう『鍵家に置き忘れて入れないから、かぎ開けに来て~!』なんて事もないんだね。

(お互い一人暮らしだったので、もしもの時に合鍵を交換していたから。)

ちょっと寂しい気もするけど、新しい出発だからお祝いしなきゃね。

今度の家もきっと楽しいよ!

Fちゃんは私のご近所さんになる。

私とP助はまだまだこのアパートにいる事になりそうだけど。

けい

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2008年1月24日 (木)

婚約発表後、友達の反応あれこれ

婚約発表して早10日経ちました。

職場の同僚や他のスタッフには、会う人会う人に「婚約したんです~!」と胸ポケットにしまってある指輪を見せびらかしてはいたが、その他は父に電話し(父はこのブログのことを知らない、多分)、そしてこのブログ上で発表した以外は誰にも婚約の事は言ってなかった。

日本のカオリン夫妻から国際電話が入った。
「久々にKayのブログでもチェックするか~と思ってPC立ち上げて、ブログ読んでたら、ぇ?え?ぇえ~~~!!と驚いたよ!!」とツヨリン。
「おめでとう!そろそろかな~と思ってたけど、よかったね!」とカオリン。

日本からの高い国際電話なのに、延々と話をしてしまった私。

ありがとう。

Fちゃんからも「おめでとう」と電話が入った。
彼女はブログで私の記事を読んで、思わず涙が出てきてしまったと言っていた。

ありがとう。

その涙は『もう一緒にバカな事しに夜遊びにいけない寂しさ』から来るものなのか、それとも、ただ単に『嬉しさ』から出てきたものだったのかは彼女しか知らない。

Fちゃんから「Kayのブログ見て、大変な事になっているから!」と連絡を受けたNowちゃんは仕事帰りにわざわざプレゼントを抱えてうちまで駆けつけてくれた。

ありがとう。

昨日は休みだったので、ミッキーと久しぶりに一緒に買い物ついでにお茶する事になった。
アイスコーヒーを飲みながら、最近のお互いの事を報告しあう。
ミッキーはもちろんFちゃんから連絡を受けて知っていた。

アイスコーヒーを飲み終えるとミッキーはショッピングセンターの一角にあるニュースエージェンシー(新聞、雑誌、カード、文具類を扱っているお店)の中の雑誌コーナーまで私を連れて行った。

雑誌コーナーの一角には「JJ」や「CanCan」以上に分厚いウェディングを扱った雑誌が所狭しと並べられていた。

ミッキーは並べてある雑誌を手に取りひとつひとつめくっては、『どんなドレスがいい?』『ぁ、このケーキかわいい~!!』『ビーチの結婚式も素敵だね~!!』とまるで自分の事のようにはしゃいでいた。

隣でそんなミッキーを見て、嬉しかったし、自分の事のように喜んでくれる友達を持って私は幸せだと思った。

一通り見終わると、ミッキーは「で、どの本がいい?買ってあげるよ。」と言った。

式の日取りも式の場所や内容も決まってないし、どうやって式の準備を進めていくのかも、全く検討が付かない状態の私。
とうぜん、ウェディング雑誌さえもまだ持ってなかった。

億万長者なら、なんだって出来る。
豪華なドレスを着たり、お色直しをしたり、天まで届きそうなケーキに花束、日本からも沢山友達をよんで、バスのように長いリムジンで式場に行ったり、豪華なホテルで結婚披露宴をしたり・・・と数え上げればきりがない、上を見ればきりがない。

残念な事に私もP助も億万長者ではないので現実を見なければいけない。

結局、私が選んだ本は『2008年で一番ホットなウェディング特集』の載った雑誌や、『ウェディングドレス・デザイナーコレクション』でもなく、婚約から結婚式までの段取りの中でいかに浪費を抑え、且つ自分たちらしい結婚式ができるかを書いた「Weddings on a budget」という本を選んだ。

ミッキーは私の選んだ本を見て「Kayらしいね」とニッコリ笑ってレジまで持っていった。

ありがとう。

こんなに素晴らしい友達に恵まれて、すごく幸せです。
ありがとう。

ちょっとこの本で勉強して、私達らしい形でその日が迎えられたらと思う。
ありがとう。

けい

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2007年11月 3日 (土)

隣のイッコさん

<写真付いてます>
よく友達に、「Kayの周りには『ユニーク』な人が溢れているね。」と言われる。

私、別に集めているわけでもなんでもないですけど。。。

?類友?(類は友を呼ぶの略)とでも言いたいの?

さてさて、最近のPちゃんとのHOTな?ネタの一つとして『お隣さんのイッコさん(仮名)』が話題となる。

私の隣にはイッコさんともう一人女性が住んでいる。

イッコさんが引っ越してきたのは5ヶ月前、初めて顔を見たのは、お隣さんが引っ越し祝いのパーティーか何かでうちにワインのコルク抜きを借りにやってきた時。
ドアを開けると両腕にワインボトルを1本ずつ抱えて立っていた。

その時はカーリーなロン毛を後ろで一つに束ねていたが間違いなく『男』だった。

それからはお互い顔を合わせる事もなく、月日は流れたわけですけれど。

この間、私が仕事から帰ってきてアパートの廊下を歩いていると、イッコさんが部屋からちょうど出てきて私のほうへ歩いてきた。

イッコさんはやはりカーリーなロン毛を後ろで1つに束ねていたが、うっすらファンデが塗ってあり、服装はピンクのピタピタのカットソーに黒字に横にグレーのラインが入った裾広がりのトレーニング用パンツと言ういでたち。

そして、胸部には『今頑張って成長しているんです!』とでも言いたげなふっくらした二つのふくらみ?
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 ふくらみ??

そして「Hi! How's going?」と挨拶をする彼の喉元にある『ノドボトケ』を私は見逃さなかった。
それ以降、お隣さんとは顔をあわせてないのであの胸は成長を続けているのか気になるところ。
私より大きくなってたらどうしよう?
ぃゃ・・・どうもしないんだけど・・・

イッコさんが引っ越して来てしばらくしてから、音楽がうるさくて、しかもそれに合わせずに自由に歌うイッコさん。
なぜイッコさんが歌っているかわかるかって?
だって、声は『男』なんだもん。。。

この間、管理人さんと隣の音楽の音量の事で話した時、
管理人さん「あ~、あの騒音ね。この間も彼女に注意したんだよ。また後で彼女に話してみるから。」と。

彼女? 今、『HER』と言いました?
それはイッコさんのこと?
それともイッコさんの同居人の女性のこと?

謎は深まるばかりです。。。

  けい

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2007年4月11日 (水)

カオリン帰国

昨日の夜に日本から遊びに来ていたカオリンが日本へ帰国してしまった。

あっという間の2週間でした。

仕事であまりかまってあげられなくて、寂しい思いをさせてしまってごめんね。

でも、そんな事にめげることなくカオリンは毎日Cityにショッピングに出かけていました。

おかげで、帰りの荷物は30キロ越え・・・。

普通ならここで超過料金を払うか、または荷物を梱包しなおしオーバーした分を郵送するか置いていく形になるんだけど、さすがはカオリン!!

すかさず同じ便に乗る日本人で荷物の軽そうな人に声をかけ、一緒にチェックイン。

そうすると荷物はその相方とシェアと言う形になり、合い方が10キロの荷物ならカオリンが30キロでも1人頭で割ると20キロになって、規定以内ということになるわけ。

これには、彼氏のPちゃんも驚いていた。

  さすが元祖サバイバル女!!

また、一つ利口になりました。

私は仕事が終わって車をすっ飛ばしカオリンがゲートをくぐる前に合流できてさよならを言う事ができた。

もう、今頃は横浜の家についている頃かな?

お疲れ様でした。

ゆっくり休んで、ご主人に甘えてくださいね。

また8月に会えることを楽しみにしてます!

  けい

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2007年3月29日 (木)

カオリンがやってきた!

私の高校時代の同級生で7年前に一緒にワーホリにも来たことがあるかおりん。

そのかおりんが今朝パース国際空港に到着、これから2週間私の家に滞在する事になる。

カオリンと会うのは8ヶ月ぶり!

スーツケースの半分を占めた私へのお土産を抱えて日本からやってきた。

空港で再開。

カオリンは税関も入国審査も難なくクリアし、私が迎えに上がる30分以上も前にもう待ち合わせのロビーに到着してたらしい。

待たせてごめんよ。

これから2週間、私は仕事であまりかまってあげられないけど、

ゆっくりしていってくださいね!

けい

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2006年11月 4日 (土)

チー

昨日は無事にクイズを終えた後、友達の引越しを手伝いに行った。

友達を介して知り合った、「チー」は日本人でECU(大学名)のマスターコースでマーケティングを勉強している。

彼女とは私が約2年前にパースに来て4日目に知り合い、それからずっと友達で、一緒にのみに行ったり、買い物に行ったり、恋の相談をしたり、されたりと仲良くやってきた。

今回、そんな彼女が日本へ帰国する事になった。

「もうパースに6年もいるし、そろそろ飽きたから日本へ帰ろうかと思って。」

と、3ヶ月ごとに日本へ帰国していたチーが言った。

今回は一時帰国ではない。

ずーっと帰国すると彼女は決めていた。

寂しくなるね。

日本に帰ってお母さんが持っている化粧品のお店の1店舗を引き継ぐらしい。

と、言う事で今まで一人暮らししていた彼女のアパートを引き払い、日本に帰国するまでは私の家や他の友達の家を泊まり歩くらしい。

彼女からTVやDVDデッキ、TV台、ホームシアターセット、本棚、掃除機などなどを買い取った。

すごく部屋がアップグレードされて、うれしい。

何か私の部屋ではないみたいだ。

荷物運びで、今日は筋肉痛。

チーが帰国するまで後2週間。

友達が帰国してしまうのが一番寂しい。

けい

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2006年10月13日 (金)

Happy birthday Fちゃん!

今日は私のUNIのお友達Fちゃんの誕生日。

心より、おめでとう!

と、言うわけで、今日は私のブログにたびたび登場する彼女のことを書いてみようと思う。

彼女との出会いは、去年の8月、カーティン大学のEnglishブリッジングコースに入ったときだった。
オリエンテーションでクラスメイトの名前が一通り呼ばれ、すぐに同じクラスに日本人がいることが分かった。
その後のランチ(大学が用意してくれたバーッフェスタイル)で彼女を発見し、声をかけたのが始まりだった。
その時のお互いの第一印象は・・・。

   「強烈・・・・。」

だった。

それから、同じクラスで授業を受けるようになり、仲良くなるのにさほど時間はかからなかった。
厳しいブリッジングコースを無事に乗り越えられたのも、お互いに勉強を助け合ったり、悩みを相談しあったりした彼女のおかげだと思っている。

彼女を一言で言うならば、「サバイバル力のある女」だろう。
決して勉強がすごくできるわけではない、いつもとんでもない事に巻き込まれるが、彼女はそれを意図も簡単に乗り越えてしまう力を持っているのだ。

彼女自身から言わせれば、「そんな事ないよ、大変なんだよ。」と言うが。
周りからはけしてそう見えないのだ。

私はそんなサバイバル能力を日々彼女から学んでいる。

例えば、
Englishブリッジングコースが終わって、お互いにナーシングホームで仕事をし始めた頃、Fちゃんは彼女のシェアメートと私は元彼とお互い悩みとトラブルを抱えていた。
そして、私たちは同じ時期に部屋探しを始めたのだ。

そんなに仲がいいのなら、一緒に住めばいいのに、と思うかもしれない。
でも、その時も、そして今でも「自分ひとりの空間」が何よりも必要だったのだ。
同じぐらいの予算で、同じ日の新聞をお互い買って、読んでいたので、当然、マークする物件は似てくる。
ある日、同じ物件を二人で見に行く事になった。
そこには、他の入居希望者も来ていた。

二人して、それぞれ入居希望用紙に詳細を書き込んで、申し込んだ。
管理人さんに「明日夕方までに駄目でも、良くても、電話する」と言われた。

次の日、電話を待っていたが、その物件からは電話は来なかった。
後日、Fちゃんは見事そこの同じアパートで隣の物件を手に入れた。
話しを聞くと、次の日の朝にFちゃんは管理人さんに電話をしたらしい。
その時すでに、希望した物件は他の人に決まっており、たまたま2週間後に空くことになった隣の物件を彼女は見事Getできることになった。

ここで私が足りなかった物。
それは行動力。
あの時、朝早く電話していたのが私だったら、また違う結果が出ていたのかもしれない。

彼女とは大学のメインでも一緒でお互い助け合って、
頑張っている。
彼女がいるから、大学生活がとても楽しい。

彼女と出会えて、本当に良かったと思っている。
こんなユニークな人、なかなか会えないよ。

この歳になって、また新たな親友と呼べるような友達ができるなんて想像もしていなかったし、すごく感謝している。

私の人生に入ってきてくれて、ありがとう。

お互いまだまだ弾けようね!!

そして、この新たな1年がFちゃんにとって良い1年でありますように。
お誕生日おめでとう。

けい

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2006年10月10日 (火)

ミッキーの災難?

今日はUNIもなく仕事もなく、まったりした一日だった。
彼女から電話が来るまでは・・・。

夕方に私の携帯がなった。
UNIの友達、ミッキーからだった。
パースCITYの大通りのど真ん中で車のエンジンが急に止まり、パニックしていた。

とりあえず、RFC(日本で言うとJAFみたいなもの)に電話かけてメンバーになり、どうにかしてもらうように彼女に言った。
彼女は今日はクレジットカードを持ち合わせてなく、現金で払うにも、持ち合わせが足りない。
車を離れて、お金を下ろしに行くわけにも行かないので、
私がお金を届ける事になった。

彼女はパースCityの大通りでボンネットを開けて待っていた。
私を待っている間、彼女は道の真ん中で沢山の人からの視線を浴び、車に止まった鳥からも失笑されたらしい。

すごく痛んでいた、ミッキー。

私が到着してすぐに、RFCも到着した。
彼女の車を調べた結果、なにやらエンジンの調子がいまいちらしい。
このまま運転して帰るのは、難しいので、レッカー車を呼ぶ事になった。

すごいね!
レッカー車にレッカーされるなんてめったにないことだよ!
と、隣ではしゃぐ私を見るミッキーの目は心なしか冷たかった。

30分後レッカー車が到着。
ミッキーの車を乗せて、修理屋さんまでレッカーしていってくれた。

その後?
もちろんミッキーと二人で飲みに行きましたよ!

早く車が直ることを祈ってます!

けい

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2006年4月 6日 (木)

ミッキー

私の大学のお友達、ミッキーは大学の語学学校のオリエンテーションのときからの知っている。彼女も私と同じ頃に渡豪してきた。彼女もナースで今は同じコンバージョンコースで勉強している。

そのミッキー、最近ちょっと、いや、まったくついていない。

買って1年もしない彼女のパソコンが突然動かなくなったり・・・。
(しかもこのアサイメントで大変な時期に・・・。)
この間は、家の前の段差を踏み外し捻挫してしまった。
でも、骨折じゃなかったのが不幸中の幸い?

本当についていない。もしかして厄年?
ひょっとしたら、何か別の物がついてたりして・・・。
これからいいことがきっとあるよ!
気持ちを落とさずにね!

さてさて、昨日SCPHのエッセイのボディーを書き終わって、約3分の2が出来た事になる。
ここまでくれば、あとははじめ(イントロダクション)と終わりに(コンクルージョン)を書くだけなのでもう山は越えたって事。
明日、ランゲージサポートの先生に見てもらえるように予約を入れた。
だから今日は、もうSCPHのエッセイはお休み!!(勝手に自分で決めた)

でも、再来週には呼吸困難についてのエッセイ1500文字、再再来週PPIの「ケアは看護に必要か?」の題で1000文字の提出が迫っている。

がんばろう。

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2006年3月 6日 (月)

ユキちゃん

昨日、すごく久しぶりに日本に居る友人の「ユキちゃん」に電話をして2時間ほど長電話をしてしまった。

ユキちゃんは私の高校時代からつるんでいる5人グループのメンバーの一人で、今は旅行会社に勤めている。
彼女は大学を出てすぐにオーストラリアにワーキングホリデーで渡豪したことがあり、一時期はツアーガイドやナニー(ベビーシッターみたいなもの)をしていた事もある。
彼女の突然の渡豪にグループメンバー誰もが驚きを隠せないでいた。

その当時の私は都内某総合病院に勤務しており、グループメンバーの一人であるかおりと休みを合わせてユキちゃんに会いにゴールドコーストまで尋ねて行ったのが私の初海外経験である。

大げさかもしれないが、あの時ユキちゃんが渡豪していなければ、今の私もいなかったであろう。

ユキちゃんは私たちがゴールドコーストに滞在中に以前彼女がお世話になったホームステイの家に食事に招待してくれた。
彼女が「日本から友人が来る」とホストママに話したら「オーストラリアの家庭を見るいい機会だから家につれてらっしゃい。」と言ってくれたらしい。
私たちは喜んでお土産持参で伺った。

当時の私はすごく恥ずかしい話だが「私の英語かなりいけてる!」と信じて疑っていなかった。
特に英会話教室に通っていたわけではない。
自分で本(英語のフレーズブック)を買って読んでいただけである。
なのにこの自信はどこから来たのか?
今でも不思議・・・。

が、ホストファミリーが話している事がさっぱり理解できなず、
私の英語もまったく通じなかったのである。
当然と言えば当然・・・。
井の中の蛙とはまさしくこの事。
その横でユキちゃんは私たちに通訳までしてくれた。
そんな彼女をすごくうらやましく思い、同時にすごく悔しかった。

「彼女と同じ高校を出ているのに、何でこんなに違うのだろう?」

こんな思いが頭の中をぐるぐる駆け巡っていた。
私が帰国する前にユキちゃんに思い切って聞いてみた。
「どうしてそんなに英語が話せるの?(同じ高校出ているのに・・・)」
彼女は笑顔で控えめにこう答えた。
「私なんてまだまだだよ!練習あるのみ!Let's practice!」

「え?ナニ? プラスチック? それどうするの????」

私の英語力なんて所詮こんな物でした・・・。

ワーホリをしている彼女の生活を見て
!!これだ!!と思った。
そしてオーストラリアを出国するときに青い空に誓ったのである。

絶対にワーホリでここに戻ってくるぞ!!

と。

それからはあっという間だった。
帰国してすぐに英語の勉強とワーホリ資金の貯蓄を始めた。
そして、それから2年後。
私とカオリは再びオーストラリアに舞い戻ってきたのです。
パース国際空港に日本からの片道チケットとYHA(ユースホステル)ガイドを握り締め!

そしてそれからのパースでの1年間が今の私へと繋がり・・・
運命はこうやって回っていくのですね。

あなたに出会えて私は幸せですよ!

今日はそんなお話。

けい

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